読書感想文「86ーエイティシックスー」・白Ⅱ

 おもしろかった。
 メカや科学技術の設定が物語とばっちりかみあっていて、無駄がない。
 キャラクターたちも最初は人数が多くて把握しきれなかったけど慣れれば個性があり、掛け合いも面白い。

 


 絶望的な状況で絶望的な戦いを強いられている兵士たちの話なので全体に漂う雰囲気は暗く重い。
 国ぐるみで行われる差別に排斥。人を人とも思わない歪みはどこまでもひどく、舞台となる国は腐りきっている。
 そんな中で文字通り死ぬまで戦う運命の86たちの矜持には胸を打たれるものがある。
 構成もうまく、主人公は「シン」と「レーナ」でいいのかな、の視点が交互に変わるので戦闘の最前線の過酷さと腐りきった国の中でまともな人間であるレーナの葛藤がダイレクトに伝わってくる。
 人間以下の烙印を押され排除された86たちの人として最低な白ブタと同格にはならないと言う強い意志は人間の尊厳について考えさせられる。
 もう本当にこの国が胸糞悪くなるくらい腐りきってて、読み進めるごとに86の置かれている状況のひどさが分かっていくので、ひどいなこの世界と思っていると、まだ闇がある、まだ深い、まだ暗いものがあると人間の底なしの悪意を見せられる気分になる。
 そしてそんな世界で86の差別に対して反発している「レーナ」は自分の無力さを思い知らされる。
 彼らの過酷で絶望的な状況を少しでもよくしたいと思うのだが、個人の力ではどうにもならない。
 そんな中でも諦めずに何とかしようとあがく姿は人が失ってはいけない何か、願いや理想を体現している。
 もう一人の主人公「シン」の亡霊の声を聞けるという呪いみたいな能力の設定もちゃんと考えられていて、この世界の特殊技術である知覚同調の設定をうまっく昇華している。それにしても、断末魔の叫びが敵の兵器の中に残ってて戦闘中に聞こえるとか考えただけでも恐ろしい。普通に怖かった。
 とにかくこの小説、私がこれ以上ひどい設定は出てこないだろと思った先からさらに最悪な設定が出てきて、ここまでひどい世界なのかと絶望させてくれる。
 キャラのエピソードもコンパクトながらちゃんと入っているし、主人公の行動の動機に無理がなく、設定も魅力的で話しのテンポも良く、文章も読みやすい。
 単行本一冊でうまくまとまっていて、あまり減点するところがない。
 さすがの大賞作だった。
 ラストシーンは賛否が分かれるかもしれない。エピローグは要らなかったかもしれないと思わなくもない。その方がより救いがないからだ。
 ただ、あのラストを見た時に不覚にも涙腺が緩んだ。