「パブリックエネミー」マシーンフェイス 上

(もう夜ね)
(見つけるのに手間取りましたからね)
(結局あの蟹男って何だったの? 出てきてカッコつけて、操るはずの蟹にかじられててさ)
(さぁ。本人も蟹もろとも水に流してしまったので、今となっては、です)

 


(まぁ、今回は見てるだけだったから、楽できたけど……トイレに流されたチップを飲み込む以外はだけどぉ)
(それは、すみません)
(いいよわかってるよ。ビーコン止められないんで、それ隠すためなんでしょ? それにこの身体なら味も臭いも、喉ごしもないし)
(それでも、少なくともボーナスが出るよう掛け合います)
(ボーナスねぇ)
(エリア?)
(ま、期待してるよ。それで、駐車場にいるね?)
(はい。そこのBの真ん中近くでお待ちしてます)
(了解、ブラボーの真ん中ね)
(はい?)
(あ、女性にはブラバーなんだっけ?)
(いえ、あの、何でブラボーなんです?)
(知らない? アルファ、ブラボー、チャーリーって、私もドラマで知ったんだけどね)
(ですから、チャーリーのBですよね?)
(いやいや、ブラボーのBで、チャーリーがCでしょ?)
(何を……言ってるんですか?)
(あれ違ったかな? ちょっと自信なくなってきた)
(逃げてください)
(イゼベル?)
(ハッキング攻撃です! 介入されて位置情報も音声も改変されてます! 急いで離れざざざざざざ……)

……通信が切れた。
浮かれた気持ちから不安に叩き落とされる。
イゼベルがハッキングされて、ましてや遅れをとるなんて信じられない。
なら、なおさら、急いで合流しないといけない。
不安は一先ず忘れる。
先ずは、銃を構える。
次は、現状確認だ。
後ろには無人の下水処理場、さっきまでいて安全は確認してあるはずだ。
道路を超えた正面にはひたすら広い駐車場、まばらに車が停まってるが人影はない。入り口の看板には矢印で右がAB、左がCDとある。
最後の通信から、イゼベルはCにいる。
合流しないと。
警戒しながら左に進む。
Cと描かれた先には広大なスペースに膨大な車が停まっていた。その何処にイゼベルがいるかはわからない。
この中からイゼベルの車を探すのは大変そうだけど、逆にイゼベルからはこちらを見つけるのは楽だろう。
ただしそれは敵にも言えることで、だけどリスクを計算してる暇はない。
真ん中を進む。
風が強い。
下水処理場の向こうが河だから、そこから吹いてるんだろう。
コートをなびかせながら車と車の間を進む。
街灯と月しか灯りがないくせにほぼ満車だった。その影をクリアリングしながら先を急ぐ。
不安なのに頭が不思議と冴えていた。
先ず合流、ここを離れて、それから敵を確認する。何より合流だ。
と、後ろから光が射した。
振り替えれば車のヘッドライト、赤色の乗用車だ。逆光に加えてスモークガラスで中は見えない。
駐車場なら車も通る。けど、今はタイミングが悪い。
用心のため、停車中の黒とグレーの間に走りこんで身を隠す。
赤の車は停めるスペースを探してるのか徐行している。
そして真っ正面で止まった。
やばい、と思っても動かない。関係ないかもしれないし偶然かもしれない。敵だとしても見つかったとは限らない。ならば急に動いて目立つ必要はない。
してない息を殺し、出てない唾を呑む。
車のドアが開いた。
違う。
車が、展開した。
前後のドアに天井、フロントガラス、それが浮き上がりスライドし、組上がった。
あっという間にそれは巨大な、人の姿の上半身となった。
前のドアは腕に、後ろのドアは肩に、天井は背中に、フロントガラスはへその辺りに、それらをつなぐ骨組みは銀色で四角い金属製だ。手は選択ばさみみたいな挟む形、頭部はテレビ局のカメラみたいな形だ。その胸からは人の足ほどの円柱が突き出ている。
サイボーグが言うのもあれだけど、変形ロボなんて初めて出くわした。
そんなロボがこっちを向いた。
単眼の頭より目が行ったのは円柱だった。それは正面から見て初めてガトリング砲だとわかった。
風に紛れて束ねなれた銃身を回すモーター音が聞こえてる。
それが正確にこっちを狙っていた。
バレてる!
転がるみたいに走り出すと同時にガトリングが吠えた。
悲鳴のような金属音、肩越しに見る後ろは火花だった。連なる連射が車を撃ち抜き、引き裂き、破壊して行く。
車体を難なく撃ち抜く威力、この身体でも瞬く間におしゃかだろう。
必死に走る。
と、音が加わった。
エンジン音、それと走行音だ。
振り返るまでもなくロボが追跡してた。下の変形してない車は車として走れるらしい。
弾幕が迫る。
既にコートの端を掠めてる。
逃げ切れない。
ならばと体を捻り、右手の銃を向けて引き金を引く。
的はでかい。
外しようがない。
引き金を引く度に車の上半身に火花が散る。
……それだけだ。
胸、車体、顔面、ガトリング、どこに当てても弾かれて終いだ。
ならばいつもならレーザービームとなるが、チャージする暇がない。
逃げるしかない。
思った矢先に右肩を射たれた。
衝撃にバランスを崩して一回転してから顎から転ぶ。
その頭上を弾幕が流れる。
咄嗟に車の、白のワゴンの陰に身を隠す。
弾幕がワゴンを叩く。
フレームがひしゃげガラスが砕け、弾は数秒で貫通した。
もたない、逃げなきゃ、そう思い立ち上がろうとして立ち上がれなかった。
つこうとした右腕が肩から無くなっていた。壊れたか、安全装置か、痛みはなく、当然持ってた銃も何処かにいった。
それでも逃げなきゃと改めて左手をつくとアスファルトが濡れていた。これが中々の水量で、水源は何処かと流れを追うと、車から流れ出ていた。
水じゃなかった。
立ち上がるのと爆発はほぼ同時だった。

痛みで目が覚める。
全身痛くて、皮肉か右腕だけが痛くない。
体は黄色い車のトランクの上、肩を屋根に乗せて夜空を見上げていた。顎を引けばすぐ目の前で車が燃えてる。爆心地からそんなに離れてなかった。
燃える車の煙の向こうに巨人のシルエットが揺らめく。
巨人はその腕で燃える車を抱え上げると、無造作に後ろへと投げ捨てた。そして表れたのは、当然あのロボだった。
ただし爆発に無事だったわけではなくて、突き出ていたガトリングがバナナのように曲がっていた。その影響か、弾幕は止んでいた。
しかしそれでもという感じで、ロボは私との間にある障害物を取り除いて行く。
恐ろしいパワー、車が紙みたいにひしゃげてる。あの手で握りつぶされたら痛いだろうな。
最後のタイヤが取り除かれて、車が入れるスペースが出来た。
そこに車庫入れすべく、ロボがバックする。
そしてハンドルを切ったであろうタイミングで、その正面に車が突っ込んだ。
灰色の地味なワゴン車、間違いなくイゼベルだった。
激突、両車のタイヤが浮かび、落ちて停まる。
かなりの勢いだったのに両車に目立ったダメージはない。それでもロボは向き直りイゼベルに腕を伸ばす。
対してイゼベルもドアを開け、中から触手を伸ばして迎え撃つ。
怪獣決戦、勝ってるのはロボだった。
レトロなおもちゃみたいな手で掴んではイゼベルの絡み付く触手を力任せに握り千切っていく。
イゼベルが負けてる。
痛いだなんて言ってらんない。
凹んだ車からアスファルトに飛び降り、助けにはいる。走りながらコートを脱いで頭上で回してロボへと投げた。
ポケットの予備弾がよい感じに重しになって綺麗に飛んで、コートはロボのカメラに巻き付いた。
視界を奪われたロボはイゼベルを放してコートに手を伸ばす。が、あんな手で剥がせるわけもなく手間取ってる。
隙だらけだ。
がら空きの懐に飛び込もうと踏み切ったところをイゼベルにキャッチされた。そのまま触手に絡まれ車内へ。同時にバックで走り出す。
ドアが閉まる頃には駐車場を出て曲がるところだった。

右手の指を世話しなく動かす。
いつもの白い世界、だけどこんなにも落ち着かないのは初めてだ。
それは、イゼベルも同じらしい。
「他との連絡がとれません」
「ハッキング?」
「いえ、そうじゃなくて、事態はかなり悪いです」
「それって、そんなに相手が悪いの?」
「…………先程、私達を襲撃したドローンはデータがあります。名称はトイボックス、拠点防衛用に我が軍が開発した次世代兵器です」
「……え?」
「セキュリティーレベルは私達と同程度、つまり対私達も想定されてます」
「ちょっとまって。つまりあれは暴走してるの? それとも裏切り者?」
「それは、この場合ですと……」
[驚いたな。まさかこんなアバターまでもってるとはな]
突然、何者かが現れた。
白い世界にその姿は見えない。なのにその存在を感じることができた。言葉も、聴こえたのでなく、感じた。
確実に、それはいる。
[成る程、表情なんかも基本はコピーか。しかしかなりオリジナルが混ざってる。つまりは、それだけ学習したということか]
声でもない言葉、なんとなく相手は男だとわかった。
[ま、わざわざ言わなくともわかってるとは思うけどね、これ程の人工知能は存在すら許されない。それが君を裏切り者と認定する理由だ。だけどまだ戻れる。君は優秀だからね。だからそのために、さっさとそんなやつ消してくれよ。そして新しいのを作り直せばそれで皆がハッピーだ。だろ?]
「何を」
やっと声が出た。
謎の存在に疑問も恐れもあるが、それらは怒りがかき消した。
存在は感じても何処にいるかまではわからない。だけど見下してる感じがして、白い空を睨み上げた。
「いきなりあらわれて名乗りもしないで勝手に裏切りあつかいして、挙げ句存在も許されない? 確かにこっちは雇われだけどもそれとこれとは別よ! 評価も身体も好きにすればいい、だけどお前なんかにイゼベルは消させない!」
怒りに任せて思いの丈を吐き出す。後悔は言い回しにしかない。紛れもない本心だ。
それで一瞬の間のあと、謎の存在は笑いだした。正に爆笑という感じで、息もできない感じで、だけどそこには確実に嘲りが混ざっていた。
[なぁお前]
笑いが消え、それで吐き出された言葉にも嘲りは残っていた。
[お前はいつから人間のつも]
パッ、と電源を切るように、謎の存在は消えた。
一瞬にして何時もの白い世界に戻っていた。
「エリアが呑み込んでたチップ、あれを経由してハッキングされてました。取り除いたのでこれで安全です」
「イゼベル?」
「とりあえずは腕の修理ですね。とはいえ車内では無理なのでこれから秘密の隠れ家へ向かいます。暫くはそこで」
「イゼベル!」
……イゼベルは答えない。だけどその表情は、言いにくいことを抱えてる顔だった。
だけど、聞かないと。
「イゼベル。あいつが言ってたことは……

フツリ、と世界が闇に落ちる。
白い世界も、イゼベルも、自分の体すら消え失せた。
思考があるのに感覚のない闇に落ちた。
これは、覚えてる。
プラグ切断による強制シャットダウンだ。
……闇は答えてくれなかった。