「パブリックエネミー」ゴムは愛情の印 下

 

 

光が戻る。
お空が綺麗。

 


(エリア応答してくださいエリアエリア返事下さいエリアエリア通信できますかエリアエリアエリア)
(あーーーイゼベル? ダメかもしれない)
(エリア故障ですかエリア大丈夫ですかエリアエリアダメージを教えてくださいエリア動けないんですかエリアエリアエリア)
(なんかさ、いかれたのかイゼベルの声がガンガンひびいててて)
(…………現状を報告してくださいエリア)
(あ、うん。了解イゼベル。体は痛いけど毎度の程度で、まだ動けるよ。ほんと、丈夫なだけが取り柄ね)
(でも頭はデリケートなので、異常があればすぐに言ってください。中止して応援を呼びます)
(それじゃ失敗あつかいなんでしょ? だからじゃないけどやれるよ)
答えながら体を起こす。落ちたのはあいつらが乗ってきたワゴン車だ。見事にひしゃげてクッションになったみたいだ。
少なくともこれで、車で逃げられる心配は潰れた。
(どれくらい寝てた?)
(十分も経ってません。ですが、看板の布地だけを取り除くならそんなにかからないので急いでください)
(了解)
アスファルトに降りてコートを正す。破けてない。丈夫だ。
銃を引き抜いて構える。こっちには傷ができてた。
さて、やり返そうか。

屋上に上がると、布地はまだあった。
手前では作業着の三人がゴーグルを装着して、電動ノコギリやバーナーを準備してるところだった。
そして残りの、投げ飛ばしてくれた外国人は少し離れた、屋上の中心近くに突っ立っていた。無表情で、足元に大きな鞄を置いて三人を見張ってるようだった。
と、こちらに気付いて、無表情な顔と目が合った。
「作業を止めなさい!」
外国人に銃を向け、大声で忠告する。てきめん、作業着三人は手を止め、ゴーグルを外してこっちを向いた。
幽霊でも見たかのような表情だ。
ただやっぱり外国人は無表情だった。無表情のままカメラをこっちに向けた。
「止まらないなら射ちます!」
警告に合わせるようにシャッターが切られた。
閃光、今度の視界は真っ白だった。
安全装置が作動して視界のカメラが停止する。切り替わった視界に再起動までのカウントダウンが映し出される。
市販のフラッシュではこうはならないはず、ならば相手は普通でないはずだ。
当たり前のことを確認してたらコートを引っ張られた。引き倒され、お腹を蹴られて、また投げ飛ばされた。
華麗な投げ技、それを許した自分に腹を立てながらも、どこか冷静にカウントダウンを数えていた。
3、2、1、視界が戻る。
逆さの世界、思ったより高い。だけど投げられた方向は屋上中心に向かってだった。落下予測地点は屋上だ。
ならばと安心しながら銃を構える。
逆さの世界、小さな的、外国人へ六発発射、自分でも驚いたけど、なんと全弾命中した。カメラに三発、肩に二発、眉間に一発、こんなアクロバットな方が当たるとか笑えない。
なんてしてたら頭に錆びた室外機が被った。
いや、頭から落ちた。
グシャリと潰れた室外機から這い出ると汚れた水や赤茶のゴキブリが辺りにぶちまけられていた。
汚い中から起き上がり銃を構えなおす。
普通なら即死のダメージ、なのはずなのに外国人は平然と足元の鞄をあさり、中から黒光りするリボルバー銃を引っ張り出した。小さな外国人には不釣り合いに大きい。
それの銃口がこっちに向く。
(エリア!)
答えるより先に引き金を引いた。
重なる銃声、大きく後ろにのけぞらされた。
言葉にできない激痛、視界が半分になって、撃たれたのが右目だとわかった。
(エリア大丈夫ですか!)
(……大丈夫)
強がりだ。
帰りたいけど、敵を目の前にそうもいかない。イゼベルを心配させたくもないし。と、ここまで数秒、隙だらけだったのに外国人の追撃はなかった。
左目だけで銃の狙いを定める。
外国人も右の顔に弾が当たっていた。皮は剥がれて流血はなく、その下からは銀色のフレームが剥き出しになってた。
(イゼベル、 あいつって)
通信しながら身を屈める。
外国人は銃を在らぬ方向に向けたまま固まっていた。
(敵について、該当データはありません。ですが見たところ、あの顔は機械のようですね)
(私とおんなじサイボーグ?)
(とは思えません。人並みの知能か恐怖心があれば銃を向けられて棒立ちはないです)
(だよね。じゃあリモートコントロールかな?)
(それもなさそうです。不審な電波もありませんし、自立型のドローンと思われます)
(それってつまり?)
(ハッキングは不可能です)
(了解、物理的にがんばります。なんだけど、動かないよ?)
外国人は固まったままだ。その後ろで作業員の三人が階段へ逃げてくのが見える。けど、今はいい。問題は機械だった外国人だ。
(やりましたか?)
(イゼベル、止めて)
(ジンクスですか?)
(フラグです。一応、止めて)
(すみませんでした)
通信しながら恐る恐る近寄る。
外国人な機械は動かない。ただ立った状態でいられると壊れてるかどうかもわかりづらい。
伸ばせば手の届く距離、そっと伸ばしてとりあえずリボルバー銃を掴む。
……ガッチリ掴んでてもぎ取れない。
ただ、反応もないから機能は停止してるみたいた゛。
と、視界が真っ白になって真っ黒になった。
こっちが壊れたかと思うと同時に全身のアラームが弾けた。そして激痛が襲う。
(イゼベルちょっ痛何壊れたねぇ!)
(高熱警報です! 全身まんべんなく急いで逃げてください!)
(急いでって何処に何からよ!)
(いいから早く! 走って!)
(あぁもう!)
痛みに耐えながらとにかく走る。方向はだいたい階段の方だ。見えてないけど他にない。銃は落とした。痛みに加えて動きにくい。装甲のゴムが溶けたか焦げたか、着地が滑るから溶けた方かな。
とにかく走る。
走って、何かに躓いた。
あ、終わった、と思ったら手すりらしき何かにぶつかった。
後はこれにそって行けば階段まで行ける、と思ったらそれが崩れた。
後は落ちて行く。
イゼベルが何か騒いでるみたいだけど、アンテナもやられたのか良く聴こえない。
見えないで落ちるのは初めてだけど、足からだし、
色々考えてたら衝撃、激痛、意識が飛んだ。

……暑い。
機械の体では表現できなかったダメージをこの白い世界で後追いで体感することは、元の身体に戻るのに必要なプロセス、とはわかるけど、焼けるような熱さと茹だるような暑さとは違うような気がする。
……暑い。
冷たくない地面に寝そべりながらテレビを見る。この白い世界でテレビのサイズはいくらでも大きくできるけど、結局は普通のサイズが見易い。
映ってるニュースは珍しく、指令に関するものだった。ただしかなり歪曲してはいる。
「報告終わりました。会議は無事終了、ついでにあの三人も確保されました」
「イゼベル御苦労様。三人どうなるの?」
「大した情報は知らされてないでしょうが、一応、専門部所行きだそうです。命までは盗りませんが、アルコール中毒で入院にはなるでしょうね」
「それは、酷い話ね」
「無許可の工事をやろうとしてたんです。完全に無実とは言いがたいです。それにあのままなら口封じもあり得ました。むしろ助けたんです」
「なら、まぁ、良かったのかな?」
「それとあの光ですが、事故と発表するそうです」
「え、嘘でしょ? あんだけ派手にやって誤魔化せるの?」
「上の決定です。それにあれは、逆にあまりにもスケールが大きすぎて信じられてないんです。何せ、九つの高層ビルの反射ガラス窓を調整して太陽光を集めてビーム、その窓は全て手動で、そこまでやって一度きりの攻撃だなんて、この世界ですらファンタジーですよ」
「でもさ、実際狙ってたんでしょ? 看板だってそれの邪魔になるから撤去しようとしてたんだし」
「ですが、あらゆる面で費用対効果を考えると難しいです。唯一考えられるのは、攻撃に使えそうなのを探して、たまたま見つけてやってみた、という可能性です。それでもロボットを使えるクラスなら、というレベルなんで」
「あ、そうだ。あのロボットなんなの?」
「あれは、回収はできました。が、丸焦げで損傷は激しく、残された物も、足のつくような成果は無かったと」
「じゃあ、手詰まり?」
「上は、何か心当たりが有るみたいですが、そこから先は別の話になるので、もう知るよしはないです」
「そりゃそうか」
「それと、今回はエリアに謝らないといけません」
「何よイゼベル」
「今回の私は、ポンコツ過ぎました。まともなアドバイスを差し上げられず、少なくとも最初の投げ技で相手がロボットである可能性ぐらいは口にするべきでした」
「そんなの、わかるわけないじゃんか」
「そうでなくても、発信器がまだ焼けてなかったのに方角をナビしてなかったのは問題です」
「そんな、気にしないでよ。痛かったけど結果上手くいったんだからさ」
「それじゃあよくありません。私に罰か、せめて何か償いをさせて下さいエリア。お願いです」
「えー……じゃあ、代わりにって訳じゃないんだけどさ」
「何ですか」
「いや、ほんとどうでもいいことなんだけど、あの看板って、何の宣伝してたの?」
「エリア」
「いや、ネットで検索するにも住職ぐらいしかワード思い付かなくて、イゼベルならわかるでしょ? 少なくとも何処と契約してたかは、ほらさ」
「……わからないままが良いです」
「イゼベル?」
「あれは、あの看板はエリアが見るべきものではありません。必要ならモザイクでもと用意してましたが、見ずに済んだのは良いことです」
「いやイゼベル、何でもって」
「いーえ、ここでストレートに答えた方がポンコツです。嫌われても出しません」
「いや気になるからさ」
「忘れてくださいエリア」
「そんなイゼベルぅ」
「あ、ドラマの時間ですよ。今日はリアルタイムで見れて良かったですね」
エリアはチャンネルを変えた。
濃厚なラブシーンが映し出された。
女優が止める。
「まって、ゴム持ってる?」
男優が答える。
「あぁ、財布の中に
ブツリ、とテレビが消された。