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「パブリックエネミー」至高の戦場 下

大会は滞りもなく進んでいった。
相変わらず喧しく、奇声をあげたり気を失ったり呆けたりする参加者はいても、相手に危害を加える者はおらず、荷物ごと別室に運び出す以上の手間はかからなかった。
そして半分が過ぎた頃、残った参加者は半分以下に減っていた。

 


予選を抜けられるのが優勝者のみで、一回でも負ければ厳しく、二回なら絶望、だから棄権してる、とイゼベルが教えてくれた。
それはなるほどと思ったけど、それでショックを受けてああなるのは違うと思う。

「制限時間50分です。それでははじめてください」
何度目かになるアナウンスでまた始まった。
ガラガラの席の中で一組だけ、敗北者に囲まれている試合があった。
ピエロと社長だった。
「ウッヒョヒョヒョ。伝説のチャンプをこんな所でやっつけるなんて、僕はお得だねぇー」
ピエロの声は無理して出してるみたいな高い声だった。
「ご託はいい。はやく始めてくれ」
「ウッヒョヒョヒョ。じゃあいくーよ」
ピエロが体を揺らしながらカードを引いて、机に出した。
次に社長も引いて、出す。
それを静かに繰り返してる。
何をやってるのかわからないけど、見た感じピエロの方が動きが忙しなく、束をいじる回数も多い気がする。
「墓地食いタイプだな」
「墓地食いタイプですね」
「墓地食いダイプしかないっしょ」
ギャラリーが囁く。
何を言ってるかわからないが審判が訊ねるわけもない。いや、訪ねられた。
(イゼベル、墓地食いタイプって何?)
(わかりません)
わからなかった。
「ウッヒョヒョヒョ。ダメダメだねー。キーカード全然こなーよ」
ピエロは体を震わせながらまたカードを出す。
「チャンプ、強運だ」
「まだあのカードもあのカードもあのカードも落ちてないな」
「除外するなら最低一枚は欲しい」
ざわつくギャラリーを無視するように、社長はカードを引いて、手札の一枚を机に出した。
それにギャラリーがざわめき、ピエロは固まった。
「う、ウッヒョヒョヒョ。それはまだはやーいじゃない?」
ピエロの声は若干の焦りがあった。
それを見透かすように、社長は右頬を釣り上げて笑う。
「お前は、墓地食いタイプじゃあ、ないんだろ?」
これに、ピエロの表情は化粧で隠しきれないほどに歪んだ。
「恐らくは墓地再利用タイプだな。安いカードばかりで目立たないが、まとめて出れば驚異だ。だから今、除外する」
「そ、そんな」
「それに顔のメイク、あのキーカードのデザイン崩したのだろ? サブリミナル狙とか、そんなのに引っ掛かるのは三流以下だ」
ピエロは無言で玉のような汗を吹き出していた。
「終わりだ。そっちのターンだぞ」
歌うような宣言に、ピエロは震える指でカードを引いて、それと手札を合わせて三枚を出した。
「……終わりだ」
ピエロの消え入りそうな声で社長はカードを引き、出した。
「そ、それは」
「あぁそうだ。おしまいだ」
社長は笑い、拳を握る。
「我が暴虐の竜よ! わが命とコボルトの魂を喰らい敵を焼き尽くせ! 滅殺のヘイトレットバースト!」
あ、社長も叫ぶんだ。
対してピエロにリアクションはない。
ただカードを机に置いて、両手で口を塞いだ。
ブシュ、とその指の間から鮮血が吹き出て、真後ろに倒れた。
これにはギャラリーも静まり返る。
「最後までカードを汚さないとは、腕はまだしも誇りだけは認めてやるよ」
そう言って社長は立ち上がり、立ち去った。
さっぱりだ。
あ、決着だった。

そして長い長い大会もこれで最終戦となった。
ギャラリーに囲まれ、部屋の真ん中に座るのはたった一組、社長とパンクだった。
両者残った全勝者同士で、これで勝った方が優勝者となる。
それを見納めておきたいギャラリーの気持ちはまだ理解できた。
「制限時間50分です。それでははじめてください」
それで始まった最終戦、は、拍子抜けするほど静かだった。
両者とも、ギャラリーも含めて深く集中してるのが、それはわかる。
動きの乏しい膠着状態、先に動いたのは社長の方みたいだ。出したカードにギャラリーがざわめく。
「そろったな」
「ドラゴン出してしまいましたね」
「これで決まりっしょ」
ギャラリーはこれで終わりと見てるらしい。なのに肝心の二人は難しい顔をしていた。
「ドラゴンで攻撃、滅殺のヘイトレットバースト」
聞いた覚えのある技名、しかしそこに覇気はなかった。
「何だ、必殺の一撃に自信がないか?」
パンクが言う。そして手札のカードを出した。
「正解だ。これでバリア! 効果によりこのターンダメージは軽減される!」
おぉ、と歓声が上がった。
「嘘だろおい」
「ここで引きますか」
「逆転、チャンプ負ける?」
ざわめきに囲まれて、社長は歯を食いしばり、パンクは歯を剥き出しに笑った。
「おいどうしたチャンプ! まだ自慢のコンボが不発に終わっただけじゃねぇか!」
「そうだな」
「何だご機嫌斜めか? そんなに嫌ならサレンダーしてもいいんでちゅよー」
ギロリと睨む社長に、パンクは怯まなかった。
「……ターン終了だ」
社長が目線をカードに戻す。
「いくぜ! 俺のターン! 光る右手が奇跡を掴むぜドロー! きた!」
引いたカードをまともに見ずに叩きつけ、私以外が息を呑んだ。
「ミラクルだ。これで俺の場に天使軍団降臨! このターンは攻撃できないが防御はできる。攻防一体のこの陣形、さぁチャンプ、貴様のターンだ。せいぜいあがいて見せろ!」
パンクの高らかな宣言に、社長は怒りとも不信ともとれる表情をしていた。
「すげぇ、マジ奇跡だ」
「この引き、伝説クラスじゃね?」
「神だ。神がおわす」
回りの様子だとすごいらしい。
(エリア、仕事をしてください)
(侵入者?)
(いえジャッジのです。パンクの男性が今、不正をしました)
(え、どんな?)
(説明より宣言です! スタックが流れたら追求できません!)
(了解)
「両者ともちょっと待って!」
しまった、正式にはなんて言うんだっけ?
「んだよジャッジ。今盛り上がってんだから邪魔すんなよ」
「いえ、今不正があったようなので」
私の一言で場がどよめく。
「おい、俺のミラクルにけちつけてんじゃねぇよ。なんならチーフジャッジ呼んで上のカメラをチェックすっか? なんもなかったら本部通達だかんな」
「じゃあそれで」
(ダメです。上のでは見れてません)
(え、じゃあどうすんの?)
「第一俺が何やったってんだよ、あ?」
(そうよ何やったのよ?)
(彼がやったのは、パームと呼ばれるものです)
「パーム?」
この一言で、社長の目付きが変わった。そして電光石火の動きで社長の左手がカードを置いて伸びて、パンクの右手の指を掴み、捕らえ、捻り、机に押し付けた。パンクが何かを言う前に、社長の右手が押さえられた右手の中指と薬指の間を掴み、手のひらの皮を引き剥がした。
「うぎゃあああああ!」
パンクの悲鳴に息をのみ、こぼれでたカードに釘付けとなった。
出血がないのに気がつくまで二呼吸かかった。
「これが奇跡の正体か」
引きちぎった皮を揺らしながら社長が笑う。皮の内側は、灰色のビニールみたいだった。
(カードを引くフリをして、手のひらに隠してたカードを出してたんです。それがパームと呼ばれるもので、ここまで大がかりのは想定外でした)
(あーうん。サイボーグだけど驚いた。それで、どうすんの?)
(不正行為により失格です。こちらに続けて下さい。この試合、不正行為発覚により)
「えっと、この試合、不正行為」
「続けろ」
「え?」
私を遮った社長がこちらを睨む。
「続けろ、と言ったんだ」
「でも」
(ルールにはそれも可能です。ただし念書が要ります)
「それには念書が」
「今書く」
社長はペンを取り出し、サラサラと皮によくわからない文を書いて、最後にサインした。
「これで問題ないな?」
(問題ないです)
「はい」
答えて皮を受けとる。
「後悔、するぞ。お前の、ドラゴンじゃ、この天使は、倒せない。次で、終わり、だ」
右手を押さえるパンクの声は切れ切れだった。
「構わんさ。ただ反則敗けはお前にお似合いだが、反則勝ちは俺には似合わないんでね」
社長は、残忍な笑みを見せた。
「俺のラストターンドロー!」
社長はカードを引いて、手札の二枚を場に出した。
「なん、だと」
今度はパンクの目が大きく見開かれた。
それに社長が鋭く言い放つ。
「ご自慢のバリアをはるがいい。それが尽きるまで無限に焼き尽くしてやる。終わりだ! 灼熱のエターナル・ゴッド・インフエェルノ!」
絶叫と共に白煙に包まれた。
発生元は、天井のカメラからだった。
吹き付けられたパンクやギャラリーは声も上げずに倒れ、逃れたものたちは窓やドアに駆け出した。が、窓は開かず、ドアもノブから動かなかった。
誰も彼もが倒れて一人、機械の私だけが立ち尽くしていた。
(イゼベルやばいみたい)
返答よりも先にドアが開いた。入ってきたのはガスマスクの集団、その服装は、私のと同じだった。
「これは、どういうことだ?」
咳き込むように言葉を発したのは社長だった。眼光は鋭いが机に突っ伏したまま動けないらしい。
それに答えて集団の先頭、恐らくチーフジャッジと思われる男が両手をあげて見せた。
「驚いたな。まさか意識を保てる人間が二人も見つかるとは。元チャンプはまだしも審判からカードに守られし者が見つかるとは、ほんとに驚いた」
チーフジャッジの声、合ってた。
「どういうことだと訊いている!」
ガタリと社長は机を鳴らすも、立てずに床へと滑り落ちた。
「そう興奮しないで、お二人には生け贄になっていただくだけですよ」
言いながらチーフジャッジが手を上げると後ろに控えていたガスマスクのジャッジ達が左右に展開して私たちを取り囲む。その手には二股の槍があった。
ズラリと並べば様にはなるが所詮は生身、怖くはない。
が、それだけ表に近いということで、サイボーグ的に戦っちゃってもいいもんかな?
考えてる間にチーフジャッジが喋り出す。
「光栄に思いなさい。二人は我が本社の地下へと入れるのです」
「ばかな!」
机の下から怒声がする。
「貴様ら正気か? あんな説明書の文など、ただのジョークだろ!」
(イゼベル地下ってなんのこと?)
「設定です。本社の地下には巨大な瓶詰め脳髄があって、それがカードを創造してる。このゲームの公式設定です」
「流石チャンプ、よくご存じで、しかしジョークではないのです」
(あ、なんか説明してくれるみたいだからやっぱいいや)
「本当におられるんですよ、我らが創造神は。信じなくとも結構、これよりお二人には生け贄として会うことになりますから」
チーフジャッジが上げてた手を振り下ろす。
「全ては創造神まろうのために!」
「「「全ては創造神まろうのために!」」」
ジャッジ達は声を重ねて槍を突き上げた。
いよいよヤバそうだ。
(エリア、構いません。全力で対処して下さい)
(了解だけどいいの?)
(構いません。犯罪者に信頼は在りませんし、社長は……何か考えときます)
(了解任せた)
答えて構えて、指先のスタンガンをバチリとさせた。

白い世界に分厚い本が一冊だけ、他は椅子も机もなかった。
タイトルにはルールブックと読めるが、手に取る気も起きない。
なにせこの電脳世界で指を動かすのさえスローになってるのだ。それだけデータが重いと知れる。容量一杯で椅子も机も出せないのだ。
「報告、してきました」
と、現れたイゼベルも動きがない。声にも若干のノイズがある。
「エリア、先ずはあの本なんとかしない?」
「無理です。今回の件の後始末に必要です」
「そんな、あのガスが可燃性だなんてわかるわけないじゃない」
「勿論です。ですからペナルティはありません。順から説明しますね?」
「お願いします」
「最初に参加していた方々ですが、皆さん軽傷です。床に倒れて机などの陰に入れたお陰みたいです。一方で犯人、ジャッジ達も、多かれ少なかれ命は助かったのですが、言動がアレでして」
「創造神?」
「そうです。事件はカルトによるテロということで、警察押さえ込んで話のわかる上の方をねじ込めました。部屋は一応守れましたし、私達もドサクサに隠れられました」
「ですが、って続くの?」
「次に、ですよ。新しい指令が来るかもしれません。あの、彼らが口にしていた本社の地下を調べるみたいです」
「あーーー嫌な予感がしてきた」
「更に彼らはもっと大きなことが起こると、何でも月から神のカードが近々帰還するとか。話が何処まで膨らんで、何処が担当するか決まるまで一応、勉強しておけと」
「……興味ないんだけど」
「言わないで下さいよ。このゲームアチコチに愛好家いたんですよ? それに次に社長に会ったときに嫌われちゃいますよ?」
「いいよあんなやつ嫌われて」
「そんな、かっこいいじゃないですか」
え、イゼベルって、あれが、何、かっこいいって? だってアレって、ほら、あれだし。なのにイゼベルは、そうなんだ。
……………………へぇ。
「何です?」
「いえ別に」