「パブリックエネミー」 夢見るスプーン上

砂漠は、安い。
渇ききった灼熱の大地に生物はなく、資源もなければ水もない。そのくせいつも砂を巻き込んだ風が吹きすさび、あらゆる物を削る。せめてもの利用方法はここみたいな廃棄物置き場ぐらいがせいぜいだ。
それは解る。
だからってこれは、いくらなんでも捨てすぎだろう。

 


イゼベルを降りてからというもの、地平線が全く見えない。ただゴミが見える。
窓のないバスに折れた飛行機、何かの看板に破けたベッド、エロ本の山にビールサーバーまである。それらが無秩序に打ち捨てられていた。
そこを歩いてもう3時間、それでもこの無限ループに終わりは見えない。
……しんどい。
この体は暑さも渇きも感じないが、だからと言ってこの散歩が面白い訳でもない。ぶっちゃけ飽きた。
「何でこんなとこに」
何度目かの愚直が口から漏れる。
(説明しますか?)
律儀に対応するイゼベル。その心使いでゴミを飛び越えて私を運べたら完璧なのに。
(エリア?)
(聞こえてる。説明いい。もう飽きた。帰りたい。まだつかないの?)
(もう少しです)
子供みたいな私の質問に、子供扱いな反応で返すイゼベル、このやりとりも何度もループしてる。
気を付けないとと気を引き閉めてもすぐに気が緩む。
と、急にスクラップが終わった。
まるで切り抜かれたみたいにガランと何もないスペースが表れて、さらに向こうにはその分のスクラップをかき集めたような山がそびえていた。
「目的地、もうすぐです」
終点はあの山らしい。
やれやれだ。
「まてぇーーい!!」
突然ハスキーな男の声が響いた。それに合わせるようにスクラップの山の上に丸い玉子のようなシルエットが現れる。
「とぅー!!」
シルエットが、跳んだ。
そしてマントをたなびかせてすぐ目の前に着地した。
砂ぼこりが収まるとポーズを決めた灰色の装甲が現れた。太めの手足が玉子型のボディから生えてる。赤いマントを首の辺りに巻いて、黒く反射するメットの中にはハゲたガッチリ顎の中年男の顔が見える。
(エドガー・スプーンで間違いないです)
イゼベルがこの目を通しターゲットを確認した。
「ここから先はドリームなくては通さん!」
言いながらポーズを変える。
参った。
変態だ。
変態だった。
変態が鼻先に立ってる。
変態なのだが、こいつの相手が今回の指令だ。
表情に出ないよう配慮しながら言葉を選ぶ。
スプーンさん。私は」
「ノー!」
人指し指を突きだし叫ぶスプーン。
「わざわざ言わなくともわかってる! 私に宇宙飛行士に戻れというのだな!」
「違います」
「ならばこの知恵と勇気の子宝だな!」
「違います」
「ならばサインか! 肌に直接描いてもバーナーで焼けば落ちなくなるぞ!」
「違いますって!」
怖い豆知識に声がきつくなる。精神的にキてるとか言ってたけど、ここまでとはなぁ。
(エリア、平和的に)
(わかってるよ)
頭の中でイゼベルにいさめられ、落ち着くためにコホンと咳をして見せる。
スプーンさん。私が来たのは、今着ておられるスーツのことです」
「む。これか!」
マントをひるがえしポーズを変える。
そう、スーツだ。

この国の宇宙科学技術研究所が開発した次世代宇宙服、エッグメットの最大の特徴は軽さと動きやすさだった。何せ弾丸を超える速度のスペースデブリが直撃しても耐えられる強度を持ちながら補助なしで地球の重力下でも歩行が可能という、めちゃくちゃなスペックだ。そのぶんコストも天文学的だが、宇宙だけでなく戦場での運用も見越しての実験的スーツらしい。もちろん軍事機密だ。
そのスーツを、この男が盗んだ。
エドガー・スプーン、統計学者で元宇宙飛行士候補生。学術、技能面ではギリギリ合格点だったが、体力面では不合格。さらにそのストレスから精神的にも追い詰められ、ついにはドーピングに手を出す。結果、体力は合格するも薬物検査で落とされて、半永久的に宇宙への望みを失った。
一時期はそれでも事務員として働いていたが、間もなくスーツを盗み出し逃走した。
大事件だが、犯人は身内で薬漬け、スーツは極秘、更に防犯の不手際と、どれも表沙汰にはできないことばかりだ。
だから私に指令がきた。

発信器と人工衛星からの映像を頼りに砂漠を超えて統計学者に会いに行く。目的はスーツを無事に回収すること、外だけでなく中も汚すなとのリクエストだ。だから戦闘よりは交渉を、と聞いている。
そんな指令ならもっと適切で生身な人材もいるだろうに、わざわざ私を引っ張り出す意味がわからない。
それでも指令だ。
やることやらねば。
先ずは交渉だ。
手札を確認する。
無罪放免と病による名誉除隊、年金の支給、あとは命の保証ぐらいか。入院や治療の話はしない方がいいよな。
まずはジャブ、どこまで話が通じるか様子見だ。
「研究所がスーツの返却を求めてます。今なら」
「大丈夫! もう問題は消え去った! だから安心して帰りたまえ!」
「はい?」
「このスーツは確かに欠陥だらけだった! しかーし統計学ドリームにより全ては完璧! 完全スプーンとなった! だからうぬの心配は無意味なり!」
ポーズを変える。
(イゼベル、話通じないんだけど)
(……頑張ってください)
流石のナビも打つ手がないようだ。たよな。ここは、あれだ、人間の私ががんばるしかないのか。
「それでも全て調べるのが研究所の方針でして、例外を作ると全体の安全性に穴が開くと。それにその完全スプーンにも興味があって、是非研究させてもらいたいと」
アドリブのわりにはうまい話だろう。現にスプーンは腕組みして考え込んでいる。
「そうかなるほどよくわかった!」
答えながらポーズを変えるでなくお腹めがけて大振りのアッパーカットを放ってきた。
咄嗟に腕を挙げガードを試みるも、激突の直前にスーツの肘が爆発した。そしてロケットのように加速したアッパーは私のガードを突き破りお腹に食い込んだ。痛みを感じてる中でさらに拳は勢いは増してそのまま私の体を持ち上げた。そして冗談みたく、この機械の体を空高くぶっ飛ばしやがった。
いきなりのことになす統べなく、切りもみしながら宙を舞わされる。横目で砂漠の地平線が見えたかと思ったらコンテナと自販機の間に激突してた。
全身がかなり痛い。
(エリア!)
(イゼベル、あんなの聞いてない)
文句を垂れながらコンテナと自販機の間から這い出る。コートの裾が破けてた。
(こちらにも情報はないです。無重力下での移動用にガスの噴射機能はありますが、あの爆発は改造されている可能性が高いです)
「ドリームなきものよ! 口八丁でこのスーツを盗もうとは不届き千万! 天誅を下してくれるわ!」
叫ぶスプーンは空にいた。マントに隠れていた背中からは噴射音と共にジェットの光が見えている。
「ちょっと待って、話を聞いて下さい!」
「黙れドリームなきものよ! このドリームがつまったスーツでうぬを罰してくれるわ!!」
HAHAHAと笑うスプーン、平和は終わった。
(イゼベル、射つよ)
返事を待たずに腰から銃を抜き、空のスプーン目掛けて引き金を引く。4発発射、3発命中、なのにふらつきもしない。ボトボトと落ちたのが今の弾らしい。
そういや硬いんだったっけ。
「ドゥリーームンタコォーーーゥ!!!」
吠えながらスプーンがこっちに突っ込んできた。
慌てて飛び出て駆け回るがスプーンは私の後を追尾してくる。振り向きもせずに走って滑って転ぶ。その上をスプーンが飛び越え、真っ直ぐドラム式洗濯機へ飛び込んだ。爆風と共に洗濯機はひしゃげて飛んでいった。
「む! どこに隠れた!」
立ち上がったスプーンの頭にはドラム式のドラムが被さってた。
こんな間抜けから逃げてるとか、泣きたくなる。
静に急いでタンクの影へ。同じ要領でいくつか通り過ぎて距離をとり、ペンキの剥げたスロットマシーンの裏に一旦隠れる。
で……どうしよう?
銃はダメだった。
足のナイフはもっとダメだろう。
ならば指のスタンガンかヘソのレーザーになるが、あんな飛び方するやつにレーザーは当てられない。残るは、これだけか。
バチリと指先をスパークさせる。心許ない。
他に何かないか?
(イゼベル、何か弱点ないの?)
(あります)
即答、早く聞けば良かった。
(スーツは強化繊維で編まれていて、それが複雑に動き伸縮することで衝撃を分散、緩和します。そうさせないように摩擦を上げれば耐久性が落ちます)
(えーっと、それはつまりどうしろと?)
(濡らせばいいんです)
(あの、砂漠で?)
返答の前に、背中のスロットが弾けた。その向こうにスプーンが右足上げて立っていた。その踵にもロケットのノズルが、煙を昇らせていた。
「ドリームなきものよ! 諦めて私のシシカバブになるがいい!!」
至近距離で3発射ち込んだが黙らせることすらできない。
あぁもう、ダメ元だ。
発砲しながら突撃、空いている左手を伸ばして玉子型の胸に触れる。そして放電、左腕分の電撃を喰らわせる。
(スーツ絶縁体です!)
「先言ってよ!」
叫びながら放電を止め、そのまま突き離し、後ろ向きに逃げる。その鼻先をロケット右フックがかすめる。何とか上体を後ろに倒してかわすと脇腹に衝撃が走った。見れば右フックに連動して右の蹴りが隠れてた。かなり無理な体制からでバランスもとれてない一撃だが、噴火したロケットが無理をチャラにした。
加速され、地面と平行にぶっ飛ぶ。何とか着地しようと足を伸ばすも勢いは殺せず、引っ掛かって無様に回転する破目となった。何度も砂とゴミの上をバウンドして遠心分離機にぶつかりやっと止まれた。
体全てが満遍なく物凄く痛い。銃を離さなかったのは奇跡だ。
体を起こすと、正面にスクラップがなかった。あの最初に出くわした開けたスペースに飛ばされたみたいだ。見上げれば山がそびえてた。案外、外周よりも山に隠れた方が見つからないかもしれない。
「む! どこへいく!!」
声を背に山に近づく。シルエットはデカイが隙間も大きい。まるでジャングルジムだ。迷うことなく中へと入った。