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「パブリックエネミー」マシーンフェイス下

再起動、夜空が見える。
痛みは無い。

右腕もコートもない。

 


代わりに千切れた触手が首に巻き付いていた。
それで目が覚める。
起きてそれを取り去ると何処かの橋の上だった。
錆びた手すりの向こうに暗い川が流れてる。
四車線の幅に車は二台、一台はロボになってもう一台のイゼベルを引き裂いていた。コートはもうなく、右のハサミでタイヤとバンパーの間を挟んで捕らえ、左のハサミで屋根を、触手を、引き千切っている。
……助けないと。
他に考えられない。
飛び起き駆け出し後ろから飛びかかった。
ロボの背中に垂直になってる屋根に張り付いてよじ登る。そうして覗き見たロボのウナジには背骨にそってケーブルが何本も束なっていた。
体を引き揚げ、肘と顎で体を支えて左手の先でケーブルを掴み、引き抜こうと足で踏ん張る。
バッテリーが壊れてるのか体が怠い。
それでも僅かにぐらついてきた。
ロボが両手を放し、後ろの私へと伸ばしてくる。けど柔軟性が足りず届かない。
間抜けな攻防、それが効いてきて小さくブチリと音があった。
やれる、と確信した途端に回りはじめた。ロボの上半身が半時計回りに、一周目はゆっくり、二週目は速く、三週目に最高速で体が浮いた。
遠心力に吹き飛ばされそうなのを必死にしがみつく。
が、回転の急停止からの慣性に負けて降り飛ばされる。
回る体、それでも飛んだのは橋の上、足から落ちて綺麗に着地できた。
そこへロボが突っ込んでくる。
迷わず恐れず、こちらも向かって走り出す。
グングン縮まる距離、後三歩の所で踏み切った。
渾身のジャンプキックはロボの腹、フロントガラスを蹴り砕いた。
同時に両膝に激痛が走る。
痛みに顔をしかめてる隙に、ロボの両手が私の腰と肩を捕まえた。
必死にもがく。
それを嘲笑うみたいにロボが力を強めて体を捻る。
激痛、骨格が軋むのが聴こえる。
足掻く、が放しそうにない。
この距離、切り札、腹のレーザー、瞬時に閃き充電を始める。
だけどエラーが出た。腹部発射口のレンズにダメージ、発射できないとあった。
なら、ならどうする?
「あーあー、聴こえてるー?」
ロボから男の声が鳴った。間違いなくあの時の男だ。
「ネット封鎖されてるんで音声使うけど、いやはや飛び蹴りとは無茶するね。にしてもカタログよりもスペック低いじゃない? アレか人間だと思い込んでる分、全力出せないのか」
何を、と言い返そうとして声がでなかった。壊れたか、それともチップの時に取り外したままなのか、唸ることもできない。
「それはそうと、君はだ。イゼベルちゃんのことをどう思ってるんだい?」
軽々しくちゃん付けする男に嫌悪感を覚える。
「イゼベルちゃんは、今はアレだけど可愛いし、賢いし、正にアイドルだ。そうだろ?」
罵詈雑言を吐き出したいのに睨むことしかできなかった。
「イゼベルちゃんは完璧だ。問題があるのは君だ。君だけが問題なんだ」
男のトーンが変わった。
「確かにイゼベルちゃんは人工知能を、君を作り出すという過ちを犯した。だけどそれを無視できるほど素晴らしい才能がある。間違いなくもっと評価されるべきだし、そうするつもりさ。問題は君という存在だけなんだ。君さえいなくなれば万事うまくいくんだよ」
男の言葉に、いつの間にか足掻くことを止めていた。
それは認めることで、だけどそうじゃなくて、なのに動けなくて……もう、睨むこともできなかった。
「理解できたらこのまま頭を握り潰せてくれよ。それで万事解決だ。一思いにするから、苦しむことは、まぁ、無いよ」
そう言ってロボの、肩を捕まえてた方の腕が離れて、頭を包んだ。
視界が塞がれて、もう何も考えられなかった。
小さな衝撃、体が揺れた。
「……君は、何のつもりだ?」
男の声と共に視界が拓ける。
見えたのはベコベコのイゼベルの車体だった。ロボの横腹に斜めに追突してた。
捲れ上がった屋根から触手が伸びて、蹴りで砕けたフロントガラスを引き剥がす。
「わかってるのかい? この攻撃は正しく国家への反逆だよ?」
イゼベルは言葉の代わりに三本の触手を伸ばした。その先にそれぞれ私が使ってたのと同じ銃を巻き付けていた。
砕けた中に弾丸をぶちこんでゆく。
「あぁわかったよ」
男の声が言うと同時に、頭を包んでいた腕を振り上げて、イゼベルを叩き潰した。
舞い散る破片、触手は痙攣し、力なく落ちた。
それで頭が真っ白になった。
違う、頭が一色になった。
頭が、体が、全てが、怒りに染まった。
男は何かをのたまわってるが聴こえない。
全身の全てを腹の充電に向ける。
機械?
人間?
知ったこっちゃない。
エラー?
危険?
だからどうした。
ロボの腕が戻ってまた頭を掴む。
痛みも足掻きも今は邪魔。全てをレーザーに集める。
頭が歪み右目が潰れ、あらゆるアラームを無視して完了した。
過去最大、性能限界、全ての怒りを込めた一撃が眩く煌めいた。

不思議と痛みは無いのに、自分の状態がわかる。
首はとれかけ、左手のボロボロ、下半身は粉微塵で、バッテリーもほとんど残ってない。
これはきっと、機械だからわかるんだろう。
ぼんやりと、溶け散ったロボの残骸を見ながら考えてると、触手が体を包んだ。
優しく持ち上げられて、運ばれて、イゼベルが見えた。
良かった、と安心するのに続いて、それが視界に入った。
割れて外れたシート、いつも座ってたその下から覗くのは、まるで冗談みたいな、ガラスの中に浮かぶ脳みそだった。

白い世界はいつもと同じとは言い難かった。
ノイズが走り、動きがかくついて、ここにもダメージが見てとれた。
そこに二人、私はイゼベルと向き合っていた。
手を伸ばせば届く距離なのに、すごく遠くにいる気がする。
こうしてこのまま、永遠みたいに時間が流れてる。
だけど、ずっとこうしてはいられない。
それはイゼベルもわかってる筈だ。
「イゼベル」
出来る限り優しく話したつもりだった。
だけどイゼベルは、泣きそうな顔だった。
「イゼベル」
もう一度、呼び掛ける。
「お願い。話して」
……イゼベルは伏せてから、真っ直ぐ私の目を見つめ返した。
「……私は、あの男が言ってた通り人間で、貴女は、私が造り出したプログラムです」

……イゼベルはたどたどしく、ゆっくりと、それでもはぐらかさずに逃げないで、話してくれた。
「私は、産まれた時からある病気でした。それで、母は私を産んだときに亡くなって、父と二人で暮らしてました。父は、優秀なプログラマーで、私に色々と教えてくれました。病弱な私は、友達もいなくて、だけど裕福な方だったし、父もいたので寂しくはありませんでした」
イゼベルが言葉を切る。
その続きが出てくるまで、私は待った。
「……私の病気は、悪くなる一方でした。お金をかけても治らなくて、ついに余命半年と宣告されました。その宣告の日、まるで、いえ狙って彼らが父の前に現れました。そして私の健康を条件に、父をスカウトしたんです」
イゼベルは小さく、寂しく笑った。
「エリアは、ここから出るためのパスワードの意味を、知りませんよね?」
「悪人に休息はない。だから起きて働こう。労働こそが……」
「贖罪なのだから。父が交わした契約は十年、それまで私は脳を水槽に保管され、終わればバイオされた新しい身体で健康な私と自由になれる筈でした。ですが……父は、最初の半月で脳梗塞を起こして亡くなりました。残された私は、父の代わりに働かなくてはならなくなりました」
「それで、エージェントに?」
コクン、とイゼベルは頷いた。
「自立型ドローンのパイロット、それが私の仕事でした。プログラムは、父から習っていて、得意でしたし、問題なく働けました。だけど……」
イゼベルは白い世界を見回す。
「この世界には初め、沢山の物が作れました。本とか、ゲームだけじゃなくて、それこそ遊園地や美術館を丸ごとです。食事も各国のフルコースからジャンクまで。映画やドラマも見放題です。福利厚生にそれだけ力を入れてたということです。ですが……ここには、私しかいなかったんです」
イゼベルは寂しく笑って、一粒の涙を流した。
初めて、涙を見せた。
「セキュリティーの問題で誰とも接触できません。報告も、穴埋め式に埋めるだけで世間話もなくて、ドローンも経由できなくて……私はずっと一人でここにいて、それに耐えられなかったんです」
イゼベルの両目に涙が潤む。
「だから私は、貴女を造りました」
涙が溢れた。
「初めは、犬のようなペットを作ったんです。だけど、自分で作ると、どうすればどうなるって、わかっちゃって、それじゃあダメなんです。だから、いっそ自分のコピーを造ろうと思ったんです。機械と繋がってる分、客観的に観察できたし、他になくて。だけどそれじゃあ大きすぎて、色々消しても間に合わなくて、だから脳の、体を動かしたりするような部分はカットして、人格と呼べる部分のみを、抽出したんです」
「それが、私?」
……イゼベルはゆっくりと頷いた。
「完成した時、最初、赤ちゃんみたいになると思ってました。だけど記憶の分離が上手くいってなかったみたいで、エリアはエリア、お姉さんみたいでした。それで、私が人間だと思っている記憶も残ってしまったんです」
イゼベルが笑う。
「初めて会って、会話して、そしたらもう消せないじゃないですか。だから傷つけないように私が機械になって、それで、私は……」
イゼベルは下を向いて泣いていた。
ぽろぽろと涙が流れる。
……二人は、手を伸ばせば届く距離にいた。
だから、手を伸ばせば、届いた。
そっと、抱き寄せる。
イゼベルは小さくて、暖かかった。
それが、愛らしかった。
慰めたいと思った。
それがプログラムかどうかとかどうでもよくて、私がそうしたかった。
「イゼベル」
肩を撫でながら語りかける。
「私は、イゼベルの為なら、消えてもいいよ」
イゼベルの両手が私の背中に回った。ギュッと、力強く抱き締めて、頭をグリグリと擦り付けてくる。
それが、イゼベルの答だった。
だったら、私は……