詩のようなもの16

●ある冬の夕方/決意の狼煙●

 

 


 青と橙が何層にも重なりあう、美しいグラデーション。
 高い空には夕日を反射する白い雲が気分良く翼を伸ばしていた。
 黄昏時は、誰もが早足だった。
 高いビルに重さのない影が忍び寄っていた。
 ターミナル駅では大勢の人がすれ違い、言葉と言葉がぶつかり合い意味を失った。
 街の電燈に灯が燈り、まるで何か導くようにきらきらした道が浮かび上がる。
 カラスたちが遠く高く飛び、吐く息が白く、月が傾く。
 僕はまるで迷路のような地下街を抜けてビルの隙間にある人気のない道を歩いた。
 吹く風は冷たく、とても澄んでいて透明だった。
 とても気分がいい。
 今ならば。
 今ならば、と思った。
 今ならば。
 何かを始められるかもしれない。
 そう。
 思った。
 ずっと止まっていた時を。今なら。
 動かせる。
 そんな予感。
 そんな確信。
 ふっと、風が吹いた。それにつられて空を見上げた。
 視界には空にのびる黒い塔。
 わずかにかけた月。
 風が体を通り抜ける時、骨よりも深いところにある体の芯に触れたようで、心臓を直接穿たれたようで、目が覚めた。
 今なら。
 そう思う。
 指の先にすら冷たさが降る。
 今ならば。
 僕の心に清とした決意が宿った。
 それは今まで抱いたことのない感情だった。
 今ならば。
 迷いなく進める。
 そんな気がした。
 もう手遅れかもしれない。
 そうは思わない。
 もう過去にしてしまえ。
 今から始めるんだ。
 そう、心に呟いて。
 僕は、空に向かって大きく息を吐いた。
 それはこれからの狼煙。
 僕はこれから始めるんだ、という。
 今の僕から未来の僕への宣戦布告。
 白い息はすぐに霧散した。
 だけど僕は忘れないだろう。
 この透明な風を。
 この冷たい空気を。
 それがいつもこの決意を思い出させるのだと、強く思う。
 そして僕は歩きだした。
 寒い寒い冬の日のある夕暮れの街を。
 強い強い決意と共に。