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「パブリックエネミー」至高の戦場 上

作業着みたいな黒の繋ぎにワークブーツ、白の手袋に頭には無線機のヘッドホンをさせられてる。繋ぎの背中には大きなロゴの、胸には『ジャッジ』と読める刺繍が縫い付けてある。

 


これが何の服装か尋ねたら、大半の人間は答えられないだろう。
珍しく銃もコートも必要ないと言われたと思ったらこんなわけわかんない格好だ。
こっそりとため息をつきながら改めて部屋を見回す。
なんと言うか、上手く例えが出てこない、異質な空間が広がっていた。
部屋の広さは、教室を二つ繋げたぐらいかな。窓は閉め切りエアコンがけたたましく動いてる。長細い机が平行に規則正しく並べられ、それを挟んで向かい合うように椅子が並んでる。
そこにビッチリと座るのは、様々な、しかし一様に異様な男たちだった。
人種はバラバラ、年齢も子供がいないだけで幅がある。服装もキッチリとしたスーツからラフなアロハシャツ、更にはピエロにパンクに鎧甲冑までいた。
強いて共通点を探すなら、眼鏡率が高めで顔色が悪く、視線には敵意と殺意が隠っていた。それらが二人一組で席につき、向かい合っていた。
彼らに私語はなく、ただ祈るように自分のカードの束をシャッフルしている。
天井には、彼ら一組づつをそれぞれ監視するカメラがビッシリと張り付いていた。
異様な空間、この部屋を見張り、守るのが今回の指令だった。

私たちを含めた裏で動くエージェントに対しての支援も、当然ながら裏側でなされている。それらは一見ではわからなぬよう巧妙にカモフラージュを施しながらも、その場所は一般人もアクセスできるような、限りなく表側に近い場所で行われている。
こうした場所なら、まず疑われないし、初見のエージェントがいきなり入ってきても目立たない。
例えばここのような、市営図書館の一室のような場所はうってつけだ。簡単に入れてなおかつ疑われない。
公的には何もないガランとした会議室だ。古い時計ぐらいしか物がなく、椅子と机も一々倉庫から運びいれなきゃいけない。つまりは盗みに入られる心配もない部屋だ。
使うとしたら地元の、身元の調べ終わってる年寄り達が月の楽しみに読書会やらヨガやらぐらいなんだそうだ。
しかし今日は、例外だ。

「制限時間50分です。それでははじめてください」
私のアナウンスで男たちが一斉に動き出した。お互いのカードの束を差し出し、カットしあい、また戻す。そこから何枚か引いて手札を睨み付けた。
そして先行からカードを机に出す。
これがカードゲームだ。
ナントカっていう、興味もないし覚える気もない名前のこのゲームは、愛好家がかなりいるらしく、ここでやるのは世界大会の予選の予選らしい。
本来ならばこの町の専門店でひっそりと開催される予定だったのだが、遡るほど二日前、その店にカード狙いの強盗が入った。強盗は入店してすぐにショットガンを乱射して、それに店員や客が各自応戦し、かなりの死傷者がでたとのことだ。
銃撃戦の末に強盗達は射殺されるも、店はメチャクチャで血まみれ、未だに鑑識が入ってて使えなくなった。なので代わりに空いてる場所はーーってことになったのだそうだ。
大それたことに、世界に合わせての予選で日時は変更できず、そもそも図書館は公共施設で断れる理由がない。かといって身元不明の大多数をそのまま素通しで部屋に入れる勇気もなく、折衷案としての指令らしい。
迷惑な話だ。
わざわざゲームの本社にハッキングして、抜けた店員の代理の審判に私を仕立てるその技術、あるならもっと良い手もあるだろうに。
まぁ、言っても仕方ないのはいつものことか。
幸いにも、監視はカメラがやってくれてるし、細かなルールはイゼベルが教えてくれる。やることは時間読みとスコアシートの回収、たまにルールについて質問に答えるだけでいい。それでも一日拘束だが、まぁ楽な部類の指令だ。
(油断しないで下さい)
(してないよイゼベル。でもさ、一応彼らのボディーチェックは済ませてあるんでしょ?)
(金属探知機で火器が無いのは確認してあります)
(だったら)
(ですが、探知機に反応したのが三人いました)
(大丈夫なの?)
(ボディーチェックにより問題なし、とされてますが、スタッフによる検査なので、サイボーグ等には対応できてないです。ですから)
(了解、注視します。それで、それはどいつよ)
(簡単に言えばピエロとパンクと甲冑ですね)
(それは、まんま怪しいね)
答えながら三人を探す。
ピエロは出入り口に一番近い席に、パンクは真ん中に、甲冑はすぐ目の前にいた。
(詳細を伝えます。まずピエロですが、名前はジャック・ハンリー、記録には前科があります。あのメイクは全て刑務所内での刺青で、そのインクに含まれる重金属に探知機が反応したみたいですね)
(……大丈夫なの?)
(前科と言っても違法建築ですし、問題ないと判断したみたいですね。ですが一応注意してください)
(了解)
(次にパンクですが、名前はロバート・ウィンクル、一発屋のラッパーでしたが、色々転向して今はハードロックだそうで。亀の曲聴いたことありませんか?)
(音楽興味ないから)
(ですよね。それで、彼は体のあちこちにピアスをしていまして、下半身のが外せなかったとのことです)
(下半身てどこに……なんでもない)
(……続けます。そんなわけで、加えて有名人ではありますし、チェックが甘くなってるかもしれません)
(了解、ズボン脱いだら殺せばいいのね)
(脱がせないで下さい。下手に事件になって警察が来られるのも問題ですので)
(了解)
(最後にヘシアン・コシュタ・バワー、甲冑の騎士ですね。彼は有名なプレイヤーで、世界大会の出場経験もあります。ですがバイク事故で酷い火傷を負って、それを隠すためのプラスチック甲冑らしいです)
(それは、災難ね)
(とも言いにくいですね。何せバイクでレースしながらカードゲームやってての事故ですから)
(バカなの?)
(否定は、できませんね。ちなみに、その事故の怪我で骨にボルトを入れてそれが……)
「いくぜ俺のターンドロー!」
イゼベルとの会話をかき消すほどの音量で、目の前の甲冑が吠えた。
「追加に唱えて俺の純白の猟犬は更にパワーアップ! 三重強化に死角は無いぜ! 喰らえダブルファング・・ドレイナー!」
長く自慢気なセリフ、それを皮切りにか部屋のあちこちから似たようなセリフが叫ばれ、相手は一喜一憂の反応をしていた。
(……ナニコレ?)
(こういうものらしいですよ? カードの効果を相手に説明してたのが始まりなんだそうですが、今ではただの煽り文句ですね)
(えーーーーっと、これで普通なのね?)
(そうです。このゲームにはロールプレイの要素も入ってますから)
(そうなんだ)
と、答えても信じられない。でも他の審判がなにも言わないということは、これで良いのだろう。
……しかし、うるさいな。
「これでターンエンド! 次の攻撃で俺の勝ちだ。お前のご自慢の薄汚いトカゲも出る幕なかったな!」
「トカゲ?」
ゾッとするような冷たく、そして深い憤怒の隠った声で答えたのは、甲冑の対戦相手だった。
ウェーブのかかった黒髪に黒い瞳、銀のフレームの眼鏡をかけた男は、背もたれに凭れて、冷たい眼で甲冑を見返した。
なんか、やばい感じがする。
「いいさ。好きなだけ吠えるがいい。お前に次はない」
黒髪の男は冷たく言いながら、自分の束からカードを引いて一目見て、すぐさまテーブルに投げるように出した。
「なん、だと」
ガタリと甲冑がカードを溢しながら立ち上がった。
「どうした? たかだかありふれたベヘモットだぞ?」
「そんな、そんなのありえるわけねぇ! デッキトップだぞ! お前積み込みやがったな! ジャッジ!」
甲冑がこっちを向き、ジャッジが自分だと思い出した。
「見てたろ今の台詞にトップがベヘモットだ! こいつイカサマしやがった!」
「えっと」
(イゼベル?)
(不正行為は確認できてません)
「勘違いさせ悪かったな」
言うと、黒髪の男は手札を机に並べて見せた。その内の二枚を前に出す。
「このコンボは!?」
「あぁ、あの時既に揃ってた。これでも勝ちは確定だったが、ベヘモットが来たんでね。薄汚いトカゲに出る幕はないらしいからあえてこっちにしたんだ」
眼鏡を光らせながら黒髪の男は残忍に笑った。
「ご理解頂けたかな? 薄汚い野良犬よぉ」
その一言に甲冑が軋み、うつむく。そして体が跳ねて、その手が腰の剣に伸びた。
一閃、抜かれると同時に剣は横に薙いだ。それを黒髪は後ろにのけ反りかわす。が、前髪一掴みが宙に舞った。
この剣、斬れる。
(エリア!)
(わかってる!)
答えながら飛びかかり、今度は真上に振り上げられた剣を掴む。
「落ち着いてください!」
「放せジャッジ!」
甲冑、中々力がある。押さえるのに手間取ってると、黒髪が立ち上がった。
「貴様、カードが傷付いたらどうするつもりだ」
殺意の熱を帯びた黒髪の言葉に、甲冑は固まった。その隙に、私が剣を奪う刹那、黒髪の拳が甲冑の顔面を打ち抜いていた。

プラスチックの剣、斬れるもんだねーーなんて考えながら、別室に隔離された。そこでありのまま起こった事を他の審判に説明すると「本部に指示を仰ぐ」と言い残して出ていった。
出てく際に鍵のかかる音、閉じ込められたみたいだ。
逃げ出すだけなら簡単だけど、今は様子見かな。
(オスカーです)
(イゼベル何?)
(先程の対戦相手ですよ、黒髪の。名前はオスカー・D・ライトマン。前々回の優勝者です)
(強いんだ。でも何、シードとかないの?)
(彼は前の大会には出ていません。本業の社長行が忙しかったんだそうで)
(不景気だもんね)
と、鍵が開いて他の審判達が入ってきた。
思ったより早いな。
「本社の判断が来ました」
口を開いたのは一番前の、チーフジャッジの男だった。
「このまま大会続行です」
「続行、ですか」
「続行です。もちろんヘシアン選手は非紳士的行為により反則負け、更に業務妨害刑事告訴、その前に病院行きですね。ですが、それ以外は中止による不利益の方が大きいとの判断ですね」
「わかりました。それで私は?」
「もちろん業務を続けてもらいます。その後でまた事情聴取となるでしょうが、そこは残業代出ます」
正に業務的な説明だった。
「もちろん、貴方が辞めたいと言うのならそれでも……」
辞めたい。
(エリア)
(わかってます)
「いえ続けさせてください! この大会は私にとって大切なんです!」
「えぇ、そう言うと思ってましたよ」
チーフジャッジはニヤリと笑った。