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「パブリックエネミー」血液経済 上

江戸川キックボード
ショッピングモールは何故かワクワクする。きっと広くて迷路みたいで、それが冒険心をくすぐるからだ。

 


最後に来たのはまだ生身の時だ。それがどれくらい前なのかは思い出せないけれど、夜の閉店後に入ったのは、間違いなくこれが始めてだ。
左右にシャッターが並ぶ通路には非常灯しか灯りはない。天井付近には真っ黒な液晶画面が並んでいて、それを見知らないのが時間の流れを感じさせる。
(一応の事件現場はこの先です)
(了解)
イゼベルに答えてすぐに通路を抜けた。
ついたのは真っ暗な吹き抜けの底、エレベーターエスカレーターを横切り入った広い空間にはいくつもの白い椅子とテーブルが並んでいる。向かいの一面は売店らしく、ここはフードコートらしい。
その右端、立ち入り禁止のテープで敷きられた一画に、いくつもの血の跡が乾いていた。
事件現場はすぐにわかった。
(加害者の、正確には被害者でもあるのですが、暴れだした女性は昨日の昼前に友人らと共に来店して、買い物を終えて一休み中にここに座って、後は伝えた通りです)
(それで、原因は特定できたの?)
(はい。原因は急性のカフェイン中毒でした)
(カフェインってコーヒーの?)
(そうです。この国だと死亡例は十数人程度ですが、軽度でもパニック障害を引き起こします。他の薬物検査もクリーンだったので、他にないかと)
(でも普通はならないでしょ?)
(それも事故みたいですね。たまたま女性がここで飲んだのが新商品のヘビータールという、カフェイン過多のコーヒーだったので。警察も、原因はコレという方面で捜索するようですね)
(つまりは、事前に血を抜かれてた事には気づいてないのね?)
(当然です。彼等には吸血鬼なんて、冗談のネタですから)
(ですよねぇ)
答えて、小さくため息をつく。
そう、今回は吸血鬼だ。
奴等は闇に紛れて人から血を吸い、害をなす。
その種類は多岐に渡るが、その中には血を吸うことで力を増したり仲間を作ったりする種類もいる。もしもその中に警察が踏み込んだら、大惨事となる。
その前に根城をつついて何がいるか見てこい、が今回の指令だった。相手がどんな種類かで上の対応も変わるんだそうだが、朝から立て続けとか勘弁して欲しい。
(それで、その吸血鬼は何処にいそうなの?)
(吸血鬼本体よりも採血施設の方が先ですね)
(採血? 噛むんじゃないの?)
(いえ、被害者の体を調べたところ、血を抜くのに牙ではなくて人工的な、恐らくは献血用の医療器具を使った痕が確認されました。傷跡を瞬間接着剤で目立たないように止血してるため、少なくとも正規の施設ではないです。なのでパンデミックの恐れは無さそうですが、それでもこれだけの数に施すのはそれなりの)
(ちょっと待って。これだけのって?)
(……すみません、報告が遅れてました。発端となった障害事件の、物理的な被害者達も念のためと検査をしたのですが、出血のない方も含めて皆貧血の症状が確認されました。同じく接着剤で止血してるので同一犯かと。それで一番の共通点がここなので、ということです)
(人数いるなら証言取れないの?)
(取れてないです。現段階では、口裏を合わせたように記憶にないとしか)
(記憶操作?)
(みたいですね。それも薬物を使わず、です。それの方法を調べるのも指令に入ってます)
(了解。ま、こんな体じゃ牙も通らないし血も吸えない。正にうってつけね)
(……油断しないでください)
(了解です。それで何処から?)
(この施設の監視カメラは、主に出入り口と万引き強盗対策に置かれてはいますが死角も多いです。それを下から見てくことになりそうですね)
(了解。それじゃあ早速始めますか)
答えて、フードコートを後にした。

この体のセンサーがどれ程かは知らないけど、たっぷり時間と手間をかけて這いつくばって、一周回って、結局は何も見つけられなかった。
なので今度は二階へ。止まってるエスカレーターをのぼる。
(まぁ、地下が無いからそんなでもないのかな)
(とんでもないです。ここは床にあたる部分を厚めにとっていて、屈めば入れるスペースが有ります。それに改装中やら管理室やらも多くて調べるべき場所は一階と大差ないです)
(……何階まであるんだっけ?)
(最高は五階ですが中三階やフロアどおしで繋がってない所も有ります。それと屋上には別扱いで展望台も)
(何でんなに広いのよ。しかも無駄にいりくんでるし)
(最初はもっと小さかったみたいですよ。それが近年、経営者が変わるやすぐさま売り上げが伸びて、それに比例して無理くり増築を重ねてこのサイズにらしいです)
(そんな人気なの?)
(はい。人気過ぎて周囲のライバルは全て枯れて、この辺ではここでしか買い物できなくなってます)
(まるで借金ね)
(中世の地主の方が近いですね。来年の種籾も取られて逆らえない、という感じで)
(へぇ、言うようになったじゃない)
(恐縮です。緊急事態です。侵入者です)
(え何?)
(侵入者一名、西側の非常階段を屋上へ登っています)
(登ってって泥棒?)
(いえ装備から見てそうは思えません。今、屋上にまで到達しました。何かしらの大荷物を抱えていました)
(吸血鬼関連? 警察は、呼べないよね?)
(現状では無理です。直接行って確認、必要なら迎撃してください)
(監視カメラで偵察できないの?)
(無理です。ここのセキュリティーは軒並み旧くてネットにつながってないんです。映像なんてテープ使ってますし、誰かが物理的にセキュリティルームに居ないと何にもできないです)
(なら行った方が早いね)
通信しながらかけのぼる。
(急いでください。こっちからでは見えなくなりました)
(あ、車内から直接見てたんだ)
(それとエリア、今回の銃弾は対吸血鬼用に代えてあるので気を付けてください)
(やっぱり銀の弾か)
(いえ岩塩です)
(え、塩? 効くの?)
(特定のオカルトには銀と同様、有効らしいのですが、一般的な攻撃力は銀や通常弾よりもかなり劣りますね)
(あのそれって、相手が吸血鬼でなかったら辛いんじゃあ?)
(辛いです。それに例え相手が吸血鬼でも、防弾チョッキどころかデニムのズボンも抜けない威力なんで……かなり辛いです)
「あぁもう!」
思わず悪態をつくのと同時に最上階、レストランフロアについた。
(そこのピザ屋の横を真っ直ぐです)
(了解)
答えながら銃を抜く。岩塩でも脅しぐらいには使えるでしょ。
警戒しながら先に進む。
ハンバーガー屋とフランス料理のレストランを抜けてタコス屋の角に突き当たり、道なりにゆっくり急いで進む。右への角に出て、角に隠れてしゃがんで顔半分で覗きこむ。
いた、侵入者だ。
非常灯に照らされたその全身は、赤いピッチりとしたスーツに包まれていた。各所にパットが張り付いているがそれでも丸々としたボディラインはくっきりしている。両手で抱えるは大砲のような、あるいは掃除機のようなばかでかい機械で銃口みたいなのがある。頭には赤く光る暗視ゴーグルをかぶっている。唯一肌の露出してる顔の下半分は唇にルージュをひいて、下顎はたぷたぷしていた。
カツリと足音を響びかせて侵入者はこっちを向く。その足にはハイヒールを履いていた。
セクシーな女スパイみたいな格好だ。但し体型はかなりむっちりしてる。胸も大きいけどお腹はもっと大きい。正直、デブだ。
(何コレ?)
(検索中です。一応念のため、先走った同業である可能性も危ない!)
「え?」
「滅びなさい!」
女ブタイの声は、声だけなら美少女のものだった。
女ブタイは抱えた機械の銃口みたいな穴をこちらに向けていた。
「邪を払う真夜中の薔薇! ローズソーンバレット!」
引き金が引かれたのと顔を引っ込めたのはほぼ同時だった。
シュポンとの音の刹那に隠れてた角に、白木の杭が突き刺さった。丸太よりは細いが枝より太いのが鼻先に飛び出していた。
いきなりの一撃に呆気にとられながらも、慌ててその場から離れる。
「逃がすもんですか!」
女ブタイは叫びながら変に身軽な動きで飛び出してきて杭を乱射してきた。
「ちょっと待って!」
叫びながら跳んで駆けて転がって射線から逃れる。
その先で壁や床に杭が刺さり並ぶ。
「大人しく滅せられなさい吸血鬼!」
カツカツとハイヒールを鳴らしながら女ブタイは追ってくる。
「だから待ってってば!」
「お黙りなさい!」
更なる乱射だが弾道は安定しないらしく、今のところ当たってない。それもこんな廊下にいる限り長くはないだろう。
「落ち着いて! 私は吸血鬼なんかじゃないって!」
「嘘おっしゃい! この真実を見つめる眼ローズフラワーヴぃジョンには貴女の体温が皆無なのが手に取るようにわかりましてよ!」
叫びながら乱射する。
「だから私は……」
説明に迷う。
(……あーイゼベル、サイボーグですって言ってもいい?)
(駄目です。相手の正体がわからない状態では許可が出ません。言っちゃったら秘密漏洩で取っ捕まります)
「あーもー!」
(ですが反撃の許可なら出せますがでも)
「それで十分!」
答えて銃を引き抜き振り返る。的は大きい。外すもんか。それでも警告はしてやる。
「止まりなさいさもないと!」
(待ってくださいエリア!)
「ローズソーン!」
止まらない女ブタイ、ならば迷わない。
二回発砲、むっちりした腹と右のももに当たった。のに、派手に波うっただけで出血どころか倒すことすらできてない。女ブタイが肉を揺らすと白い粉がパラパラと落ちる。
これが岩塩の力か。
「我が身を護れ薔薇の緑葉ローズリーフベール! 貴女の攻撃など避けるまでもありませんわ!」
お前の都合じゃないわ腹立つぅ。
「喰らいなさい! 香りを刻む神聖なる果実ローズホワイトプラム!」
人の気も知らずに女ブタイは、どこぞからだした片手サイズの赤い球体を投げつけてくる。
狙いは顔面、球速が速くて避けられない。
両手を交差し顔を守る。
パニュ、とぶつかった球体が弾けて中身が飛び散って腕を抜けて頭からかかる。
「何よコレ」
飛び散った白い粘液が糸を引く。この体のセンサーでは感触も匂いも感じないが、それでも不快感はある。かなり緩いみたいで、頭のが垂れて眼のカメラに入った。痛みはないが視覚が曇る。
これは、地味にやばい?
(エリア! 一度撤退してください!)
(いいのイゼベル?)
(完全撤退は流石に無理です。ですがこのままでは戦えません。先ずは洗い落とすのが先決です)
(顔を洗って出直す?)
(最寄りの水道までナビします急いで!)
(あれ無視?)
「ローズソーン!」
曇る視界の向こうで女ブタイが叫ぶ。
確かに遊んでる暇はなかった。