「パブリックエネミー」デビーク下

養鶏場の最奥に『廃棄室』の扉があった。

 


(病気で死んだ鶏を入れておくためのスペースです。そこの排水溝から入られたみたいです)
(このややこしい時に何処の部署よ? 保健所?)
(いえ動画投稿主です)
(何だって?)
(民間の動画投稿サイトですよ。隔離された倉庫に入ってみた、というタイトルで生放送してました。地下に入った段階で通信が切れて、今現在はその続きという感じでジャミングしてます)
(ここがどんなかも知らないで……)
(排除よりも最優先は主が開けた穴を塞ぐことです)
(だよね)
答えながら慎重に扉を開く。
中にいたのは、青のパッチワークのシャツを着たカマキリみたいな男だった。こけた頬にでかいメガネで、歯茎をむき出しに震えながら細い腕でカメラの付いたノートパソコンを弄っていた。
その回りにはごみ袋が山と積まれていた。そしてその隙間の床に、ずれたマンホールが見えた。
(あそこです。速やかにお願いします)
言われるまでもなく中に入るとカマキリみたいな男はこっちに気付いた。そして慌ててカメラを私に向ける。
(台詞は)
(覚えてる)
答えて切り替えながら近寄る。
「ここは危険です中に入らないで」
「第一作業員発見! 予想外におもっくそ美人です! 早速突撃セクハラしたいと思います!」
(エリア殺さないで、メフリエで)
(わかってる)
指を広げバチリと電撃をスパークさせる。
だが男は気にも止めないでまくし立ててくる。
「おっとその後をついてきたのは真っ黒な鶏だ! まさに感染源! これはパンデミック待ったなしだ! もちろん闘病日誌も配信しますよ!」
騒がれ振り替えればそこに奴がいた。
漆黒だった。
羽毛も脚も爪も鶏冠も嘴も、闇のように黒かった。例外はただ瞳だけが形容しがたい、不気味で、冷たく、恐ろしい緋色をしていた。
これは、このカメラの目を通して見ても、この上なくヤバイとわかる。
「良いぞブラック鶏君! 君は今回のマスコットだ! よしサムネ用の静止画も録っておこう」
私の横を通り過ぎてズカズカと近寄ろうとする男に慌ててラリアットを食らわし止める。
刹那、闇が羽ばたいた。
反射的に腕を振ると闇の鶏はそれを蹴って更に跳んだ。そして脚を真横に走らせる。
一閃、ノートパソコンの液晶画面が真横に切断されていた。そして更に闇の鶏は跳ぼうと切断面に爪をかけた。
だけども男の握力は画面を引いて闇の鶏を足した重量を支えられなかった。
闇の鶏は優雅に着地するやいなや振り向きもせずに後ろへ跳ねた。そしてこちらの反応を上回る速度でドアの向こうへと消えていった。
犯人はあいつに間違いなさそうだ。
「うおすげー!」
男は歓声を上げ、パソコンの残骸を投げ捨てて駆け出す。
「ちょっと!」
(待って!)
「何!」
止める前に止められた。
「大丈夫携帯ありますんで!」
(違うお前じゃない!)
(エリア! 先ずはマンホールを!)
「あぁもう」
手早く閉めようと落ちてた蓋を蹴り閉めようと蹴ると、穴に嫌われ外れてごみ袋へ。そして崩れて埋まる。しかもマンホールは埋まってない。
「チキショー!」
ごみ袋を掻き分け蓋を探す。
途中で袋が破れて中身がこぼれ、腐乱した鶏と目があった。それに悲鳴も上げずに無視できるほど、心は機械になっていた。

やっと塞げた。
全身ビチャビチャで、絶対臭い。
自分じゃ臭わないが他人に匂われるのはやだな。
もう、さっさと終わらせたい。
ドアを蹴り開け、大股で進む。
初めは思うところもあったケージも既に目にも入らない。
(ここからはまだ出てないと思います)
(わかるのイゼベル?)
(この距離ならゴシップシステムでカメラから見れます。それに通気孔含めて閉じられる所は全部閉じましたから、あとはドアだけです)
(なら間違いなさそうね)
(因みにですが、さっきの主は無事に先に進みました)
(それは、なんとも)
呟いた瞬間、視界の右上で何かが動いた。
銃を抜き構える。
(左です!)
イゼベルの声を聞き終わる前に影がきた。激痛の後に正面へ削られた頬が飛んでいった。べチャリと落ちた所に闇の鶏も降り立った。そして私の面の皮をつつく。シリコン製の私の顔は口に合わなかったらしくすぐに止め、こっちを向いた。
赤い二つが見ている。
それが加速し跳んだ。
弾丸のような跳躍からの飛び蹴りは惚れ惚れするほど綺麗で、重たいこの体を蹴り倒せるほど強力だった。
仰向けに倒れる間際、宙で羽ばたき制止する闇の鶏が見えた。
苦し紛れに蹴る。
精一杯伸ばして、爪先がむね肉に指二本届かない。
だけどそれだけで十分だった。
「ゴゲェ!」
初めて闇の鶏が鳴いた。羽をばたつかせて落ちたその胸には三つめの赤があった。
プリッガー、爪先なんかにナイフなんか付けてと思ってたが、やっと役にたった。
闇の鶏はふらつきながらも不思議そうに滴る自分の血を見ていた。
傷は深くないのはわかってる。だがチャンスだ。
静かに銃口を向ける。
外を知らない鶏は危険を知らず無防備だった。
この距離なら外さない。
静かに悟られないよう、ゆっくりと引き金を絞る。
その瞬間、建物が揺れた。
いや、正確には両脇に並ぶアクリルのケージが震えながら上に開いていった。それも全て同時に、だ。
そして蠢く鶏達が溢れ出た。
(イゼベル!)
(あの動画主です。死体見つけてパニックになってコンピューター弄ったみたいで、ごめんなさい止められませんでした)
(あぁもう)
苛立ちを押さえながら闇の鶏を探す。
いた。
同じ鶏の中にいて闇はなお暗い。
それでも紛れて姿が隠れる。これでは狙い撃てる自信はない。一人では……
(イゼベル、ゴシップシステム使えない?)
(可能です。今リンクします)
すぐさま視界が開ける。その大半は監視カメラの洗い画像だが、それでもこの場を立体的に知覚できる。
(合図青色、角度修正、右1、上2……)
言われるままに銃口を向ける。この体でのこうした精密動作は無理じゃないが、どんどん集中力が削れてくのがわかる。
まだ?
狙い続けられているのは長続きできない。
まだ?
汗もなく、呼吸もなく、瞬きもない。なのに消耗する。
まだ?
ただこうした思考すらも辛くなって、何をすべきか忘れそうになる。
まだ?
視界が青く染まる。
合図だ。
思うより先に指が引き金を引いた。
青く見てる向こうで、不規則に動く鶏達が一瞬、割れて開いて、一羽が顔を出した。
青の中でも闇のままの鶏に、弾丸はその嘴のすぐ下の喉を撃ち抜いて、首をはねた。
命中。
宙を回りながら飛んだ首は、辺りに血を撒きながら落ちて、銃声に暴れる鶏達の中に沈んだ。
視界を

白い世界に戻って、手足を伸ばして寝転がる。背中に硬い床を感じながら、空だか天井だかに映し出した動画を見ていた。
あのバカ主が投稿してるのは、どれも下らなくてつまらない、罰ゲームみたいな内容だった。
見ながら、イゼベルが報告を終わらせるのをぼんやりと見ていた。
「何を見てるんですか?」
と、イゼベルがいた。
「今回の戦犯の過去作、何かのカードゲームみたいだけど、滑舌悪い上に反射で何やってるのか解んないの」
答えながら起き上がる。
「どうだった?」
「それが、ですね」
煮え切らない反応は良くない兆しだ。
跳ね起きてイゼベルを見る。
「まさかあいつの事?」
訊きながら上の動画を指差す。
「いえ、彼については問題ありません。あのあとちゃんと保護して処理したと」
「それってまさか」
「違います! 彼は、消毒用のアルコールで酔った扱いにして、命は無事です。問題なのは、あの鶏の事です」
「え、それはその、ちゃんとやったよね?」
「もちろんです。それは確かで、映像もあります。問題は、亡骸が回収できてないんです」
「それって、まさか頭だけで動いたって?」
「いえその、頭は回収できました。ですが、その下の体の方が動いたみたいで」
「……は?」
「確実です。エリアが出た後で封鎖が解かれた時に脱出したみたいで、回収した頭部と同じ遺伝子型の血の足跡が外で見つかってます。それに首のない鶏の生存は前例があります」
「そうなの?」
「そうです。それで、話がややこしくなってまして」
「待ってイゼベル、私たちの指令は偵察で、犯人を見つけるまでで、首や体は関係ないでしょ?」
「えっとですね。指令は問題ありません。上もそれは認めてます。問題は、上が問題にしてるのは、エリア自身についてです」
「首なしの鶏が夢に出るって?」
「それに近いです。何せ今回はジャンルがよくわからなくて、エリアに悪魔が乗り移ったとの主張まででてます。それらに対して、エリアあなたがまともであると、証明しろとのたまわってます」
「……具体的にどうしろって?」
イゼベルは答える代わりに机と椅子を出した。そして机の上には山盛りのフライが乗っていた。
「疑いが晴れるまでの間、食事はナゲットにしろ、と」
「そんなんでいいの?」
拍子抜けだった。だけどもイゼベルの表情はそれだけじゃないと言っていた。
そして一呼吸、覚悟を決めて続きを続けた。
「これは、悪魔がついた云々ではありません。今回の指令の場は養鶏場と食肉処理場でした。そこでのストレスがどれほどか、テストしたいそうです」
酷い話に、思わず苦笑してしまう。
そして促された訳でもない椅子に座った。
ナゲットを一つ摘まむ。
熱々で歪な形をしてるが、よく見れば他のナゲット全てが同じ形をしていた。 「人の死体は指令の度に見てるのに、鶏で参るって?」
イゼベルは悪くない。なのに皮肉を言わずにはいられなかった。
それでイゼベルは何も答えなかった。あるいは、聴こえなかったことにしてくれたのかもしれない。
ナゲットをかじる。
外はサクサクで中はジューシー、柔らかな歯触りで口一杯に旨味が広がる。
やっぱり鶏は美味しかった。