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「パブリックエネミー」god is

ギデオンは神を信じていなかった。
だから昔から日曜学校には通わず、代わりに自宅でパソコンに向かう人生を選んだ。そのお陰で一流大学を卒業し、一流企業に就職できたと自負してきた。
しかし神は突然舞い降りた。

 


 今から思えば、兆しは、本社ビルが立て替えられた直後からあった。
最新技術の粋を集めたこの六十階を誇る高層ビルは、デザインや耐震性はもちろんのこと、最大の売りはコントロールシステムにあった。地下の広大なスペースに広がる巨大コンピューターは通常の業務とは別に、ビル内に死角なく張り巡らされたセンサーを通して、全ての人間をリアルタイムでモニタリングしている。そして全てを最適なように動かすのだ。
例えば、出社すれば顔から個人が特定され、歩く速度に合わせてエレベーターを呼ぶ。上昇中に体調をチェックしつつ、到着時を見計らって道すがらの自動販売機から最適なコーヒーが提供される。その他、その日の室温から食事、灯りまでもが最適に調整される。掃除や雑用、警備は全てドローンが行うなど、全てが自動化された未来のハイテクビルだった。
ここは素敵な場所になる。
ギデオンのその予感は当たっていた。
最初に神の声が聞こえたのは、このビルに入って一年が経った頃だった。最初は小さく、ただのノイズだと思っていた。しかしだんだんと大きくなったノイズは、意味を表し始め、終には耳に心地よい、心ではなく魂に触れる神の声となった。
そして神の声が聞こえてくるにつれて、自分が幸せになっていくのがわかった。
神は、ただひたすら安らぎを与えてくださった。ギデオンはその声に、安らぎに盲信していった。そうしてる内に同じく神の声を聞いた仲間が見つかった。確認せずとも神の声を聞いている人間は一目瞭然だった。
仲間同士では、あえて神の声については語らなかったが、一体感はあった。
平穏な日々が流れた。
幸せだった。
しかし昨日、全てが変わってしまった。
いつも通り出社したギデオンは神はから、声でなく頭に響く思念として警告を受けた。神を殺す悪魔が現れると、はっきりと理解した。
思念は仲間にも届いていた。
みな恐怖と不安に震え、祈るどこではなかった。
だが、やるべきことはみなわかっていた。
この神の声が聞こえるビルを、神殿を、我らが守るのだ。
仲間は次々に立ち上がった。
打合せたわけでもないのに、みなの行動は噛み合っていた。
各々が家に戻り、ありったけの銃や食料を持ち帰る。神の声が聞こえてない罰当たりどもを追い出し、逆らうものはダクトテープで巻いて閉じ込めた。神殿を囲むように道路に車を停めてバリケードも作った。
みなお互いに相談も会話も無かったが、それでも役割を理解し、連携し、協力し、やるべきことをやった。
皮肉にも、こうして生まれた連帯感は心地よかった。
そして予言された日の朝、家に帰ったギデオンは寝坊した。
不安と緊張から祈らずにはいられず、やっと眠れたら今度は起きられなかった。
後悔しながら車に飛び乗り飛ばすも、ついた頃にはビルに入れなくなっていた。
聖戦は始まっていた。
神殿の周囲は警察とマスコミに囲まれ、空にはヘリが飛び交って、膠着状態が出来上がっていて、とても入れそうになかった。
ギデオンは少し離れた道路に車を停めた。神殿周りと違って、少し離れただけのこっちには人影は皆無だった。そこでギデオンは思案する。
車内には懐中電灯にヘルメット、ショットガンにリボルバー、それにナイフとダクトテープがある。
これらを使って、中に入らずに外で暴れて援護する手もある。しかしそうするとあの溢れんばかりの警官隊を相手にすることになる。この身を捧げる覚悟ならとうにできてるが、わざわざ膠着状態を崩すべきか、判断つきかねた。せめてガソリンがあれば焼けるのに。買いに戻るべきか?
ギデオンは思案しながら辺りを見回していた。
すると、端に停めてある一台のワゴン車に目が止まった。地味で、何をするでもないことが逆に目を引いた。そして降りてきた人物にも、違和感を感じていた。
それは髪の短い美女だった。コートに身を包み、まるで軍人みたいな無駄のない動きだった。
ギデオンが見つめる前で、美女は車のドアを閉めた。その指に、ギデオンの目は吸い寄せられる。
美女の指は、その手は黒い悪魔の物だった。
ほんの一瞬の動作が頭の中に反射する。
悪魔の姿を見たのは初めてだったが、他に気がついている者はいないようだった。
悪魔は人混みとは反対の方へと歩いてゆく。
ギデオンは迷わず後を追った。
悪魔は、車の間に屈むと、なんとマンホールを片手でめくり上げ、下へと下りていった。
慌てて追うも、マンホールは閉じてしまった。
ギデオンはマンホールに手を伸ばそうとして手ぶらなことを思い出した。
ギデオンは考える。
神殿の地下には中枢たるコンピューターがある。そうでなくとも地下にはライフラインが走っていて、何かあれば一大事になる。神殿の仲間は地下も守ってるかもしれないが守ってないかもしれない。
確実に悪魔を見たのは自分だけだ。
ギデオンは車に戻り準備した。
ダクトテープでヘルメットに懐中電灯を張りつけ、ナイフとリボルバーを腰に吊るし、ショットガンを持った。
準備を終えて深呼吸を一回、車を降りた。
一歩踏み出して、ギデオンは待ち伏せを思い浮かべた。用心して違うマンホールから入ることにした。どうせ目的地は神殿だ。だいたいの方向はわかる。
少し離れたマンホールをギデオンは手を切りながら何とかほじくり返して、下へと下りた。
地下には電灯も差し込む光もなく、ひたすら暗くて湿っていて臭かった。
懐中電灯を灯して見ると、地下は道にそって掘られているみたいだった。確か、神殿を作るときに一緒に整備しなおしたと聞いたことがある。迷いようがない。
ギデオンはショットガンを構えて進みだす。
地下は、下水道というよりもインフラの整備通路らしく、通信会社のロゴのあるパイプが平行して伸びていた。
そして突き当たり、左右に広がるT字路にぶつかった。新しい道には極太のパイプがあって、上水道とあった。その前に出ながら、恐らくは神殿の方だと思う右を懐中電灯で照らすと、先に動くものがあった。
あの悪魔だった。
悪魔はその黒い指で上水道のパイプをなぞっていた。そしてこっちを向いた。
懐中電灯に照らされた悪魔の目が光る。
見つかった。
思わずギデオンは悪魔めがけて駆け出した。駆けながらショットガンを構えた。
撃つのは初めてだ。散弾なら狙わなくとも当たるだろう。安全装置は外してある。悪魔に慈悲はない。
「死ねぇ悪魔めええええええええええぇ!」
叫びながら引き金を引いた。
轟音、反響、反動、閃光、硝煙に駆ける足がもつれた。体が捻れてバランスを崩して転ぶ。顎をぶつけた床はねばついていて臭かった。打ち付け痛む体を起こして悪魔を伺う。
悪魔は、両腕で顔を庇っていた。当たったはずなのに、倒れるどころか出血すらしてない。
この耐久力、やはり悪魔だ。
悪魔が腕を解く。
と、悪魔の右の手の甲が剥がれてぶら下がっていた。
悪魔に流血は無くとも負傷は有るらしい。
ならば殺せる。
ギデオンは立ち上がりショットガンを構え直す。
今度は悪魔が駆け出した。駆けながらも顔は腕で隠している。
「死ねぇ悪魔めええええええええええぇ!」
今度のギデオンは腰を落とし、悪魔に狙いを定め引き金を引いた。
轟音、反響、反動、閃光、硝煙からの散弾が悪魔を叩く。しかし悪魔は止まらない。コートをなびかせ、皮をめくりながら駆ける足に変化はない。どんどん近づいてくる。
ギデオンは汗を吹き出しながらも冷静さを保とうとした。
ならば先ずは足を止めなければ、と思い付く。ショットガンの狙いを下方に修成して引き金を引いた。
轟音、反響、反動、閃光、硝煙で踏み出した悪魔の足が弾かれて今度は悪魔がバランスを崩す。が直ぐに立て直し転ばず止まらない。
  「来るなぁ悪魔めええええええええええぇ!」
ギデオンは恐怖を信仰心で押さえながら絶叫した。 轟音、反響、反動、閃光、硝煙、それが連続して悪魔を叩く。響く銃声に耳を、立ち上る煙に目を痛めながらギデオンは撃ち続けた。そして弾が切れた。
悪魔の両腕は見るからに歪な形になっていた。まるで撃たれたタイヤみたいだ。そしてその腕が庇っていた顔は、異形を暴露し始めていた。悪魔の顔の大半は美女のままだ。しかし、腕からはみ出ていた頬や耳が被弾して、千切れかけていた。その影から、血でも肉でも骨でも、人でもないものが露出していた。
そんな悪魔が目前に迫る。
信仰心を押し退けて、恐怖が溢れた。
「この悪魔があ!」
ギデオンはショットガンを投げ捨て、腰のナイフを逆手に引き抜きながら悪魔に襲い掛かった。
だが次の瞬間、ギデオンの世界が回った。
そして背中から壁に叩きつけられていた。
何が起きたのか、悪魔の術はギデオンの思考を越えていた。
ずり落ちそうになるギデオンを悪魔が止めた。黒い右腕をギデオンの顎に押し付け、吊り上げた。
そして悪魔と目が合う。
悪魔は、まるで子供のような綺麗な目をしていた。
見つめ合いながら、ギデオンは視界の端に上がる悪魔の左手を見た。
殺される。
覚悟したギデオンに、その頬に、悪魔は無言で左の指を這わせた。それも優しく、いとおしむようにだ。
それはとても甘美な感じで、ギデオンは戦慄した。
このままだと死ぬよりも酷い堕落がくる。
ギデオンは信仰心にすがりなからもがくも、悪魔の力は強かった。
なにかないか、ギデオンが自分の腰を漁ると忘れていたリボルバーに触れた。
それを引き抜き、ギデオンは悪魔に突きつけた。
悪魔に変化はない。それは、案に銃が利かないと言っているようなものだった。
ギデオンは恐怖と絶望にうちひしがれながら、最後の一線を、信仰心で踏み越えた。
「魂はやらないぞ悪魔め」
震える声で言いはなったギデオンの口に、ギデオンはリボルバーを捩じ込んだ。
銃口は鉄の味がした。
銃撃は電気の感じだった。

水の流れる音がする。
冷たさを感じながら、ギデオンはまどろんでいた。
そしてブルリと体が震えて、覚醒した。
体を起こして見ると、場所はあの地下のままだった。
床には水が薄く流れていた。
悪魔の姿はない。
そして上水道のパイプに、穴が開いていた。そこから流れる水の音が唯一の音だった。
「は、はは」
ギデオンはわざと声をだした。そして自分の声を聞いて、ギデオンは歓喜に包まれた。
悪魔を倒したのだ。
あの銃の利かない悪魔を、美しく誘惑してくる悪魔を、この信仰心で、倒したのだ。
ギデオンは誰もいない地下で、ずぶ濡れになりながら何度も何度も神への感謝の言葉を叫んだ。
 
いつもの白い世界で、エリアはコーヒーを啜っていた。
大して食料のバリエーションがないくせに何故だかコーヒーの種類は豊富だった。しかも砂糖やミルクだけでなく、濃さや温度まで細かく調整できる。
エリアの好みは酸味の少ないやつに限界までミルクと砂糖を入れた温めのもので、銘柄にはこだわりはなく、違いもよくわかってない。
そんなのを舐めながら座ってると、イゼベルが現れた。
「報告、終わったの?」
聞くとイゼベルはこくんと頷いた。
「あのさ、今更だけどコンピュータの暴走と今回の指令はどう関係してたの?」
「エリア……ひょっとして何にもわかってなかったんですか?」
「いや、違うの?」
あ、イゼベルがため息ついた。珍しい。
「最初から話しますね。今回の指令はあのビルに通じる上水道の破壊です……でした」
「それは聞いたしやったよ」
「その理由も、話しましたよね?」
「人達があんなになってるのは複合的要因で、音楽や温度なんかも使ってるけど、一番は飲料、つまりは個人に合わせてドリップしているコーヒー類を作らせないために水を止めるんだっけ?」
「だいたい合ってます。補足するなら、本当は電気を止めるのが一番なのですが、そうすると彼らに勘づかれて暴走すると予想できます。なので次点の水を止めて、コーヒー類から飲料を普通のペットボトルに移行させたいのです」
「そんなんに私らが出るの? 実際襲われたけどさ」
「それは、第一に次の犠牲者を出さないためですね。サイボーグなら感覚が制限されてますから」
「そう、だね」
「第二に、末端組織に余計な技術を与えたくなかったんだと思います。この現象を意図的に起こせれば強力なテロ兵器になりますから」
オーバーテクノロジーを持つなかで最弱が私ら?」
「小回りがきくのが、です。それに最後になりますが、私たちにならちゃんと説明できますからね」
「説明って、してるつもりなの?」
「説明というよりは納得、と言うのでしょうか。実は警察を動かそうとして失敗してるんです」
「そうなの?」
「そうです。電気などを切ってプレッシャーをかける戦術は有るのですが、今回みたいな会話のできない一団相手は下手に刺激ないのは定石ですし、それに生命維持に直結してる水を断つのに強く反対されまして」
「コンピュータに洗脳されてるーとも言えないと」
「だからエリア、先程から繰り返してるように、今回の指令に暴走はないです。コンピュータは初めから今まで設計通り動いてます」
「それじゃあ誰かのテロ?」
「違います。この現象は、言わば現代社会が産み出した闇の一つです」
「……はぁ」
「最初に、あのビルに入ってる会社は大手ですがブラックです。社員の給料の代わりに管理システムに大金を注ぎ込んでます」
「それが、コンピュータ?」
「そうです。そのコンピュータは激務で酷使されている社員に対して不満を口にしないように、こっちの意味では洗脳をしてました」
「それで押さえられてた不満がついに爆発した」
「逆です。彼らは皆、あの職場が大好きになってしまったのです」
「えブラックなんでしょ? そんなに上手くいったの」
「いったみたいです。現に我々がこの現象に気付けたのも、ボランティア同然で休みなく働いて倒れる人々が続出してたからです。しかもみんな口を揃えて早く職場復帰したいと言えばもう」
「まるで麻薬ね」
「そう、ですね。そう例えるなら職場依存症と言うところでしょうか。そんな依存症患者からいきなり依存物を取り上げたら」
「こうなったのか」
イゼベルは頷いて続ける。
「会社の経営陣は社員を完全にコントロールできてると思い、他への転勤を一斉に通知しました。その翌日がこれです」
「それは、酷いね」
またもイゼベルは頷いた。
「幸いにも、と言いますか、彼ら自身が何に依存してるかわかってないみたいなんです。あそこにいる人達の大半は何でこんなことしてるのかちゃんと説明できてないみたいですし、中には独自の宗教を造り出した者も要るみたいです」
「……治るの?」
「わかりません。ただ、今回が済めば現実的に二度とあのビルに、依存物に近づけないはずですから、いずれは抜けるハズです」
「そう、なら良かった」
「……一つ、訊いても良いですか?」
「初めの説明に依存症のことは言ってなかったよ」
「そうではなくて……何故彼を、殺さなかったんですか?」
「いや、問題なかったでしょ? あのゴム装甲だって、壊れて守るタイプのだし」
「そういう問題じゃありません!」
イゼベルはきっぱり言ってまっすぐ見つめてくる。
その目に耐えかねてコーヒーをすすって逃げる。だけどもイゼベルは許してくれない。話すまでは逃がしてくれないだろう。
……よし。
「あの人、私を見て悪魔って、呼んでた」
「それは」
「最後まで言わせて。あの人が無知で依存症だったとしても、その見立ては合ってるし、それを否定するつもりもないよ。だけどさ、それで殺したら、本当に悪魔みたいじゃない。だから、まぁ、ただの事故満足です。ごめんなさい」
「……謝るようなことではないです」
「そうかな」
「そうです。それに、エリアが悪魔でないのは、私がよくわかってますから」
「うん。ありがとう」
「いえ、これが役割ですから。それでエリア、何か音楽かけますか?」
「音楽?」
コーヒーを見て……嫌なことを思い出す。
「大丈夫なの?」
「大丈夫です。コンピュータは初めから今まで設計通り動いてます」
あぁ、ずっとそのネタいじるの我慢してたのに、自分でいっちゃうんだな。