「パブリックエネミー」 密室殺人事件下

 

 

真っ白な世界に厚みのない画面が浮かんでると、ハイテクなサイバーな感じがする。
その画面に映ってるのは鮹だった。
 「水鮹です。鮹では最大の種類で、北太平洋に分布し、成長すると鮫も補食するそうです」
坦々と説明するイゼベルの横で見る鮹は、確かに部屋で見た鮹に似ていた。
「事前の情報で既に蛸のDNAは採取されてたのですが、先入観をなくすためにあえて伏せられてたみたいです」
「鮹が殺しにくることを?」
「鮹が殺し屋本人かもしれない、ということです」
「え? あの鮹が、本人? 操られたとかじゃなくて?」
イゼベルはコクりと頷く。
「今回の報酬の行方を追跡したところ、回り回ってあちこちの島や漁業権を買い集めてたことがわかりました。それもマネーロンダリングの一部と思われてたのですが……パソコン経由なら人外でも経済に参加できますからね」
「鮹って、そんなことできるぐらい賢かったっけ?」
「賢いですよ。ここまでの個体は例外ですが、一般の個体でも迷路とかでかなりよい成績を出すそうです。中には犬やイルカよりも賢いと言う研究者もいるようです」
「へー。鮹が」
「その知能に加えて何処にでも入れる軟体動物の体に、器用に道具を掴める吸盤、力も全身が筋肉なのでかなり強いです」
「そんな強いのを放っといて出てきちゃって良かったの? 部屋そのままで何にもしてないけど」
「問題ありません。今回の目的である手段と正体は掴めま

フツリ、と世界が闇になった。
白い世界も、画面も、イゼベルも、自分の体すら消え失せた。
思考があるのに感覚のない闇に落ちた。
焦る。
もがけもしないで頭だけが必死に考える。
それで思い出した。
これは訓練の時にあった。
確か、プラグ切断による強制シャットダウンだ。

体が再起動する。
最初に見えたのはいつもと違って黒く汚れた天井だった。鈍いセンサーが背中に何かがへばりついてると報せてくる。
(エリア鮹です!)
「わかってるイゼベル!」
思わず叫びながらイゼベルの触手を掻き分け、手を背中へ伸ばして蛸の足を掴む。が、逆に足が巻き付かれて押さえ込まれてしまった。動かせない。でも指は触れてる。
ならば電撃だ。
(ダメです!)
(イゼベル?)
(今あなたの体はプラグ用に後部ハッチが開いていて通電したらダイレクトに脳が焼けます! それにこのまま中をかき回されると生命維持も危険です!)
ベキリ、と後頭部から嫌な音がした。
時間がない。
武器もない。
考える。
(イゼベル今外はどうなってるの?)
(今、ハイウェイを走行中で出口はまだ先です)
(走行中ってことは走れてるのね)
(周囲に他の車はありません)
(開けて)
(エリア?)
(車のドア! 早く!)
プシュウ、と音がして右のドアが開いた。
夜の世界が広がり、視界の下にはアスファルトが高速で流れる。
そこへ身を乗り出す。
(イゼベル足持ってて!)
返事を待たずに身を乗り出して、背中から落ちた。
弾力、震動、轟音、そしてブチブチという音がして、それが暫くしてガリガリという音になった。
(エリア!)
イゼベルの触手が伸びて私の腕を掴み、引っ張りあげてくれた。車内に戻ってドアがしまる。
(何をやってるんですか! ハッチ開けっ放しと伝えましたよね!)
(ごめん。他に手が思い付かなくて)
(いいからじっとしといてください。チェックしますか……ら)
(イゼベル?)
(大丈夫です。心配要りません)
(イゼベル、いいから、どうなってるのか教えて)
(エリア)
(覚悟はできてるから)
(ハゲてます)
(ハ、ゲ?)
(後頭部の人工皮膚がごっそり削れてて、装甲が露出してます)
(それは……命にはかかわるの?)
(生命維持も機体維持も問題ありません)
(だったら)
(ただし、皮膚の張り替えはすぐにでもできますが毛髪のスペアは、本部からの取り寄せになります)
(……それって)
(取り寄せが届くまではただの肌を張り付けることになります。残念ですが)
(……いぜべるさん?)
(暫くはコートの襟を立てて隠してくださいね)
(そこをなんとか)
(残念です)
(ねぇってば)