「パブリックエネミー」モンキーレンチ下

 老人の話しでだいたい見えてきた。つまり私らのアタッシュケースは麻薬と間違えられたらしい。イゼベルも一番人気とか言ってたし、もしかしたら、以前に身内が襲われたから私らに指令が来たのかもしれない。何にせよ迷惑な話だ。
 等と考えていると王さま気取りの前に新しいアタッシュケースが差し出されている。それは発信器付のやつだった。
 ……どうしよう。

 


 開けるなと言われてるやつが開けられそうになってるわけだから、止めないと不味いのはわかってる。が、この数の中で奪いとるのは、難儀だ。猿にジャンキーじゃ説明しても通じそうにないし、イゼベルに相談もできない。いっそ、政府お墨付きの2つの鍵穴に12のダイヤルロックにかけてみようか。開かなくて諦めた所を隙見て奪う。これしかないかなー。
 「うきゃきゃうきゃうきゃううきゃ!!」
 真上からの猿の声で思考を中断される。
 見れば、脇を血で染めたパーカー猿がこちらを見て騒いでいた。途端、辺りから人と猿が引いてゆく。
 彼らの目には明らかな警戒と、敵意が現れている。どうやら正体がバレたようです。
 これは、ピンチだ。
 どうする?
 どうしよう?
 考えがまとまる前に、王さま気取りが手のタイヤレバーを天井向けて掲げる。そして、私に向けて降り下ろした。
 刹那、周囲が一気に動き出す。
 もーやるしかない。
 腰の銃に手をかけるもその前にあの歯のない老人が歯茎むき出しで飛びかかってきた。それは左ジャブで応戦、一撃で崩れ落ちた。その横をすり抜けマンドリルが迫る。右足で蹴り上げると、後ろにのけ反りながらも蹴った足先を掴もうと手を伸ばしてきてくる。させじと爪先ナイフを出すと、マンドリルは指先を傷つけただけで退散してった。右腕に痛み、見ればリス猿が噛みついていた。大きく降って左正面からくる女に叩きつけた。顔面リス猿女が倒れる前に何者かに後ろから組みつかれた。振り替えれはゴリラの顔のアップ、こんなんもいるのかよ。振り払おうにもサイボーグのくせにゴリラに力で負けてる。ならばと左手を背中に回してゴリラとの間に挟む。たっぷり3秒、左腕の電力を指先から放電してやった。体を硬直させるゴリラ、放電が切れるとドウと倒れた。さらに正面に迫ってた男に頭突きして倒れて、やっと銃が抜けた。迷わず天井に向け2発ぶっぱなす。
 乾いた銃声は、猿とジャンキーの動きを止めた。顔からしてビビってる。それでも油断なく銃を向けて構える。
 ドサリと後ろになにかが落ちた。チラリと見たらパーカー猿だった。当てるつもりはなかったんだけど、しょうがないよね。
 「ウキャー!!」
 いつの間にか玉座に戻った王さま気取りが怒りを露に吠える。それでも囲った連中は動かない。
 「ウッキャ!」
 王さま気取りが大きく振りかぶって何かを投げてきた。避けるスペースは、ない。咄嗟に銃の無い左腕で受ける。
 べちゃっと張り付いた。茶色で、中に種とか入ってて、温かくて湯気が上っている。
 それがなにか、臭いがわからなくてもわかった。
 ……気がついたら射ってた。立て続けに7、8、9発発砲、しかし1発も王さま気取りには当たらなかった。代わりに玉座にされたアタッシュケースが火花を散らす。
 だめだ。冷静にならないと、イゼベルに怒られる。そう思った時には、弾を射ち尽くしていた。引き金を引くたびに虚しく空撃ちの音がする。
 不味い、リロードを。
 左手をコートの予備マガジンに伸ばすと同時に二人と3匹が前に出た。
 これは間に合わない。
 頭が真っ白になりながらもマガジンを掴むと、凄まじい音が響いた。
 反響する轟音に皆体を強ばらせ、そっちに視線が向く。
 音の発生源、部屋の中心にはバラバラになった玉座と、その下から這い出る王さま気取りがいた。その周りには鍵が壊れたアタッシュケースが散乱してる。そこらに、白い粉の袋が転がっていた。
 人も猿も皆、呆けたようにそれを見つめていた。
 初めは、動いてるのは王さま気取りだけだった。残骸から抜け出ると袋に気付き、慌てて集めてケースに押し込もうとしてた。そこへ、一匹のリス猿がふらふらと近いて行った。それに続いてまた一匹、また一人と王さま気取りに近づく。王さま気取りは牙を見せ、タイヤレバーで追い払おうと振り回すが、誰も離れない。
 「……薬だ」
 女の声だった。次に男の声、鳴き声が重なって、ついには大合唱となった。そして走りだす。もう誰も私を見てない。皆我先にと薬へと殺到した。
 最初のリス猿が踏みつけられ、男がオラウータンに噛みつき、床をなめる老婆の上でチンパンジーが涎を垂らしてる。
 皆薬を求め、それ以外の全てを捨てている。
 まさに地獄絵図だった。下手なドラック撲滅キャンペーンよりも、きつい。
 少なくとも、私は絶対に薬には手を出さないだろうなぁ。あの一部にはなりたくないし。
 私が呆然と見ている前で、地獄は5分程続いた。
 静かになったころには、その場の全ての猿と人間は酩酊するか怪我するか、あるいはもっと酷いことになってるかで、もはやまともに動くものはなかった。その間をすり抜け、アタッシュケースを取り戻す。邪魔者はいなかった。
 ただ、あの王さま気取りの姿もなかった。

 来た道なんて覚えていない。なので誰かのアドバイスに従い、とりあえず目についたマンホールから地上に出てみる。そこは工事中のビルとビルの間に通じてた。人影は、ない。
 アタッシュケースを引っ張り上げてマンホールを閉めてからイゼベルとの回線を開く。
 (イゼベル? アタッシュケース回収しました)
 (了解しました。何かトラブルは?)
 言われてふと、自分をみる。全身ぎとぎとでべとべとだ。
 (エリア?)
 (いやトラブルじゃないんだけど、酷くて)
 と、何かが降りそそいだ。びちゃびちゃという音に包まれる。それはバナナの皮だった。それも大量に、一面黄色くなってた。
 何事かと見上げれば、5階建てのビルの屋上にあの王さま気取りがいた。牙をむき出しに、手にはタイヤレンチじゃなくビンのボトルが握りしめられていた。その口にはボロキレが突っ込まれていた。
 火炎ビン!
 感ずくと同時に一歩踏み出し、盛大にこけた。頭の後ろを打ち付けながら見たくない空が見える。そこで王さま気取りが笑いながらライターを取り出した。
 ヤバイと焦りながらじたばたしてやっと立ち上がり腰から銃を引き抜く……
 (エリア?)
 (あー空だ。リロード忘れてた)
 こちらのミスを無視して王さま気取りは止まらない。燃え盛る火炎ビンを高々とかがげて勝利者の笑みを浮かべていた。
 (投げて!)
 あ、そうか。
 イゼベルの絶叫に閃くと体が自然と動いた。わすかな滑らないアスファルトを踏みしめ、上半身をひねり全力で投げた。上に投げるのは初めてだったのに、空の銃は真っ直ぐ王さま気取りの小さな眉間に激突した。王さま気取りは大きく目を見開き、火炎ビンを持ったまま後ろに倒れた。
 ビルの上からガラスの割れる音がした。

 この白い幻の世界には指令を終えたご褒美だけでなく、ちゃんとした目的がある。例えば食事だ。脳には必要な栄養が機械によって供給されてるが、そればかりだと満腹感や空腹感、本来の補給方法を脳が忘れてしまう。それに食事をしないことは、かなりのストレスになる。この幻をプログラムしたやつもそれは認めてるらしく、約100種類のメニューが用意されていた。
 何もない白い世界の中に四角いテーブルと2つの椅子、その一つに座る私の前には、今日のディナー、山盛りのバナナがそびえていた。
 イゼベルなりのジョークだろう。
 その内の一本を手に取って皮を剥き、口へと運ぶ。味と香りと舌触りを楽しみながらペーストにして飲み込む。残った皮は床へ捨てると着地する前にパッと消える。そして次の一本へ手を伸ばす。
 「エリア」
 バナナの向こう側からイゼベルの声がする。
 「指令はアクシデントも考慮された上でクリアとなりました」
 話しながらイゼベルはバナナを迂回して私の横に立つ。
 「良かったぁ。あのひげ面、とても受けとれた風じゃなかったし。自分じゃ運べなかったんじゃない?」
 「自業自得です」
 「だよね」
 答えて、バナナの皮を剥く。が、口へ運べない。
 横に立つイゼベルは、無表情ながらものすごくなにか言いたげに私を見つめている。
 お説教モードだ。
 言われる事には心当たりがある。
 「報告にあった、発砲のことです。あとリロード忘れも」
 心当たり通りだ。
 「いいじゃんもう、結果オーライだし」
 「エリア!」
 イゼベルの強い口調、そして一呼吸おいてから、その小さな手で、私の頬を撫でた。
 「それであなたは死ぬんです。幸運はいつもあるわけではないんです」
 小さな少女のイゼベルにサイボーグの私が心配されてると思うと滑稽だけど、下手な説教よりも、胸にくる。
 「ごめんなさい。次からは冷静に、ちゃんと考えるよ。リロードも忘れない」
 イゼベルはコクンと頷いて、手を離した。
 それで、だ、うん。
 ……なんか気まずい。
 このまま食事と言う空気じゃないし、何か言うにも何を言うべきか。
 考えながらバナナを見つめる。
 「……食べる?」
 イゼベルはコクンと頷き差し出したバナナを受け取った。