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「パブリックエネミー」ヒューマンフェイス

 

地平線が広がり、ただただ白くて、平らで、静かな世界。
何もない世界で何もない空間に手を伸ばしてみる。その手は白くて、細くて、あぁ自分は女の子なんだなぁと思い出す。
だけどそこに現実味がないなと感じて、苦笑する。 そりゃそうだ。ここは現実じゃない。目に見えてる全ても、肌に感じる全ても、そもそもこの体さえもが全て、あると信じさせられてる幻に過ぎない。
幻は幻、現実じゃない。そんなことわかってる。それでも、といつも考えてしまう。それでも、幻の方があの現実よりも遥かにマシだと。
「エリア」
不意に自分の名前を呼ばれて、不毛な考えから解放される。
鈴を鳴らしたような可愛らしい声に振り替えれば、そこには、この世界で私以外に動く、もう一つのモノが立っていた。
「イゼベル」
そう呼ばれたそれは、可愛らし少女の姿をしながらも、いつもどおり無表情だった。
白い肌とか、小さな体とか、大きな目とか、流れる長めのブロンドヘアとか、青いエプロンドレスとか、まんま人形のようなファッションがこの世界に似合っていた。
「指令?」
私の問いかけにこくんとうなずく。
「詳しくは目覚めてから」  「そう、わかった」
イゼベルは表情に乏しい。ナビに余計なシステムは不要ということらしい。だけどそれ以外は、声とか、言葉使いとか、何気ない動作とかが子どもらしくて、正直嫌いじゃなかった。
もしかしたら、妹みたいに感じてるのかもしれない。
「エリア?」
小首を傾けながら私の顔を見上げてくる。
「大丈夫」
笑顔で答えてから一度、大きく息をする。そして、現実へと戻るためのパスワードを口にする。
「悪人に休息はない。だから起きて働こう。労働こそが贖罪なのだから」
  だっさいセリフがスイッチとなって、幻の世界がぼやけてく。平らだった世界が歪んで、自分さえもが不確定になってゆく。
白かった世界が黒く塗られて、最後には体も意識も消えてゆく。
死んだらたぶん、こんな感じだろう。
そんなことを考えながら、白い幻から現実へと戻された。
そして最初に見るのはいつも、青色に光る天井だった。体はまだ動かせない。びっちりと鉛色の触手が巻き付いてるのだ。だから視野だけ動かすも目新しものはない。そもそも人一人が横になるスペースしかないのだ。そこで触手に巻かれて寝ている私はさしずめ棺桶の中のミイラといった感じか。なら、あながち死んだらどうこうというのも間違ってないか、なんて考えてたら触手が動いた。狭い空間で器用にほどけて引っ込んでゆく。
そしてその下から私の腕が、今の私の腕が現れた。
そう、私の腕だ。
それは、光沢のある黒色をしていた。丸みがあって指は五本で、シルエットだけなら人のものにも見えなくない。だけど、だからこそ、その細かなパーツを張り合わせたようなデザインがまるで昆虫のようで、グロテスクで、人には見えない。なのに性能は、耐久はそこそこたるが、人よりも少し強くて速い程度で見た目ほど怪物じゃない。無駄に醜いだけだ。
だけど、現実にはこの体しかない。私には……

この世界の支配者を自負するこの国には、とにかく敵が多かった。
それは国家だったり宗教だったり政治だったり、あるいは個人だったり怪奇だったり身内だったりしたが、大半は問題なく打ち負かせてきた。しかしそのなかには、存在していること自体が問題となる敵が、少なからず存在した。
常識から外れ、法則をねじ曲げ、今まで積み重ねてきた全てを崩すような敵。えてして強力な戦闘力を持つ彼らと、誰にも悟られずに排除するための手段の一つが私だった。
有無を言わさず元の体から脳を抜き取って、代わりに怪物の体に乗せて 「人間に戻りたければ国のために働け」と脅す。逆らえば元には戻れないし、最悪でも補給を絞めれば干上がって死ぬ。
この自分自身を人質にした脅しは、少なくとも私には効果的だった。あの白い幻だって、人としての記憶を忘れないようにという医学的な面よりも、小出しに出されるご褒美に近い。
私は元の人間の体に戻りたい。
だから、私は戦う。指令通りに、この体で……

全身の触手が取り払われ自由になった体を起こすと左側の壁が開いた。促される訳でもなくそこから這い出る。降り立ったのは見知らぬ土地だった。
そこに匂いがない。味も、不要とされたセンサーはこの体にはない。感じるのは視覚と聴覚、あとは若干の皮膚感覚とダメージを知らせる痛感ぐらいだ。なんの楽しみも感動もない体、ホント、嫌いだ。
(武器のチェックを)
頭に響くイゼベルの声に思わず振り向く。
イゼベル、この機械の体のメンテナンスと、脳の休息のために私にあの世界の幻を見せてくれ、さらに指令中はインターネット経由でナビゲーションとモニタリングを行う、私専用の自立ビークルは、ハイテクと触手がつまってるくせに、外見はスモークガラスと灰色の車体の地味なワゴン車だった。目立たないようにという配慮だろうが、あの少女の姿を知っていると、かなり違和感がある。私たちをデザインした連中はかなり趣味が悪い。
(エリア?)
(わかってるよ)
頭の中で返事する。さて、いつもどおり手早く済まそう。
まずはカモフラージュ用の黒のロングコート、一応防弾らしいけど、ちゃんと防ぎきれた記憶はない。カモフラージュとしても微妙なくせに、これ以外着る為には長い長い承認期間を過ごさなくてはならない。まぁ寒さは元から感じないけど、かなり恥ずかしい。
(チェック)
次に両手で視界を塞ぐ。光が遮断された闇の中で暗視カメラが作動し、すぐに手のひらのシワがくっきり見える。カメラの視力も悪くない。
(チェック)
視界を戻し、腰の後ろにへばりついたホルスターから黒色のでかくて角ばった拳銃を引き抜く。名前はサティ、サイボーグ用の完全オリジナルで、大口径なのに20発入るバカ仕様だ。お陰でグリップが太くて握りにくく、弾のハイパワーも重なって、サイボーグの腕をもってしても絶望的に扱いにくい。使えて至近距離ぐらいか。それで安全装置は、かかってる。
(チェック)
マガジンを引き抜いて弾を確認する。この銃にはマガジンは10発入りのを左右二列差し込めるが、使える弾が通常弾しかないのであんまり意味はない。ただどちらも市販品なのでそこらに捨てても問題ないそうだ。マガジンを戻し、すぐ撃てるようシリンダーに弾を装填しておく。
(チェック)
予備のマガジンはコートの内側に3つ。右手の銃に装填しやすいよう左側に刺してあるらしいが、内側なのでむしろ取り出し難い。もう馴れたけど、こういう所がダメなんだよな。
(チェック)
銃を戻し、空いた両手の指を広げる。その指全て同じ黒色の強化ゴム装甲に見えるが、それぞれ人差し指と薬指だけがゴムではなく金属を露出したままになっている。その二本を電極にしたスタンガン、メフリエというが、試しにバチリとスパークさせる。電圧の問題でスパーク中は腕の性能が落ちる。それでも女性の平均はクリアしてるし、撫でて人が気絶するレベルだから問題ない。一番使う機能だ。
(チェックチェック)
問題はヘソの方だ。ミューティレィションなんて名前のこいつは、ざっくり言えばレーザー兵器だ。高出力の赤色光線を発射する。正確な数字は忘れたけど、覚えている内の最大出力では文字通り車をぶっ飛ばした。まさに必殺の兵器、だけどもリスクも大きい。まず、発射に必要な電力はこの体と併用でさらに出力を上げる為に1分間の充電が必要で、その間腕だけじゃなく全身がパワーダウンする。しかも充電用のバッテリーが欠陥品で、充電後5分以内に発射しないと爆発して半壊することに。後は熱でレンズが溶けるから1回ごとにイゼベルに解体されることか。なのでチェックも飛ばす。実戦でもあまり使わないし、イゼベルのメンテナンスを信じよう。
それで次は足、親指と人差し指の間辺りから細い、7センチほどのナイフが飛び出す。上を向いた刃は黒く、硬く、鋭い。プリッカーと呼ばれるこのギミックは蹴りにしか使えない。あんまり使えてないな。
(共にチェック)
最後に頭の中で話しかける。
(イゼベル、システムリンクを)
返事の代わりに頭に何か、ノイズが走る。
イゼベルが私を経由することでそこらの端末にハッキングし、情報を引き出してこちらにフィードバックするシステム、名前はゴシップシステムだったか、これで私の知覚できる範囲が格段と広がる。できるのは見るだけなのに疲れるし、集中力も落ちるが、情報収集には抜群だ。
試しにそこにある監視カメラにリンクしてみる。意識するだけであとはイゼベルがつないでくれる。
頭の額の辺りに視野が広がり、荒い画像が現れる。映っているのはイゼベルの車体と、私だ。
身長は、170センチで元の体と同じぐらい。ただ体重は、元の二倍か三倍か、見た目よりも重い。コートからはみ出してる肌は昆虫みたいな黒い装甲、なのにラインはスレンダーな流線型で、心なしか胸が膨らんでて、女性的に見える。そして、顔は、最悪だった。人間に擬態するためにシリコンと人工繊維で作られたこの顔は、私にそっくりだ。短い金髪も青い目も、しかもご丁寧に表情まではっきり真似できる。それがまるで、お前なんかいくらでも作れると言われてるみたいで嫌になる。いっそ完全に昆虫顔にしてくれた方が踏ん切りがつくのに、このデザイナーには悪意を感じる。あるいは……
「……善意のつもりか」
思わず出た声すら、自分の声のままだ。ホント、最悪だ。
(リンク良好、問題なし。チェック)
(全チェック、完了を確認しました)
これで一通り終わった。何度もルーチンワークだ。それでこのあとは……いつもの、質問だ。
(イゼベル、あの、さ……)
いつもの、おんなじ質問をするだけなのに、いつも言葉につまる。そして、イゼベルが待ってくれるのおんなじだ。
(あと、どれくらいで、元の体に戻れるかな?)
答えは解りきってる。それでもイゼベルは答えてくれる。
(……本部からは指令以外来ていません)
(……そっか)
ほら、いつもとおんなじ答え。だけど、いつまでたっても、がっかりするのは慣れないな。
(必ず戻れます)
そしていつも、イゼベルに慰められる。
(本部との契約以上に他への示しにもかかわることで、それに……)
イゼベルは思ってるよりも人間臭い。心配性で、優しくて、本当に稀だけどジョークも言う。私にとって唯一の話し相手だからそう錯覚してるのかもしれない、だけど……
(イゼベル)
(……はい)
(ありがと)
……返事はない。もしかしたらイゼベルは照れてたのかもしれない。次はそこの所をつついてみよう。
その前に指令だ。
(イゼベル)
(はい)
(今日もよろしくね)
(……はい。こちらこそ)  イゼベルの返事を聞いて、軽くアキレス腱を伸ばす。この体にストレッチは無意味だが、少しは気分が晴れる。
(それじゃイゼベル、今回はどんな指令?)